名を虎千代。
しかし為景は、この子の出生を怪しんで愛せない。
それを知ってか知らずか、母・袈裟は虎千代を溺愛する。
この時代は、越後守護は上杉定実。
その守護代として為景が実権を握っていた。
それに異を唱えるのは宇佐美定行。
両者はしばしば戦う。
両者の緩衝地帯には柿崎弥二郎という勇将が。
蛮勇で女好き。
一旦は宇佐美派に流れたが、為景が女をエサに返り忠させる。
両者に和睦がなり、束の間の平和がもどる。
袈裟は肺炎を患い帰らぬ人に。
虎千代は体は小さいが利発で気の強い子だった。
しかし、母が死んでから暗くなっていった。
そんな虎千代を、為景は徐々に遠ざけはじめる。
ある日為景は、豪腕だが美しい百姓女を召し抱える。
名を松江という。
城の生活に馴染まない。
虎千代は、なぜかこの女にだけはなついた。
しかし為景は、松江を侍妾としてしまう。
スライドした守役は、金津新兵衛というひげ男だった。
虎千代は元服して景虎となる。
為景の、景虎に対する態度は、さら硬化していった。
出家しろという。
虎千代はまだ六歳だ。
新兵衛は抵抗したが「決まったことだ」とニベもない。
虎千代は涙もこぼさない。
春日山のふもとにある林泉寺へ出される。
和尚は虎千代の才気を見抜いた。
半年教育しただけで、城へ帰してしまった。
為景はおもしろくない。
養子縁組して外へ出そうとする。
これは景虎が抵抗した。
おこった為景に、不孝者として見限られる。
新兵衛は、景虎の母親の縁をたより、栃尾城に預けられることとなった。
少しして、為景と宇佐美定行は、越中に一向宗を征伐するため出発。
為景はこのときすでに七十五。
歳のせいか、天命か、農民兵を甘く見た。
敵の術中にはまり討死してしまう。
松江は為景そばにあったが、辛くも逃れ、どこへやら。
葬儀が行われ、景虎も春日山へもどる。
守護代を新しく決めなければならない。
世襲ではないから、評定は荒れた。
宇佐美が丸く納める。
結局、為景嫡男の晴景に決まる。
晴景は良くも悪くも凡庸だ。
それはいい。
しかし、酒色にふけること、ただならない。
一年もしないうち三条長尾氏の俊景が叛旗をひるがえす。
追い打ちをかけるように、春日山に内乱がおきる。
先代・為景の腹心だった昭田常陸介が謀反。
晴景は春日山を追いだされる。
景虎は新兵衛の機転で難を逃れる。
同じく難を逃れた若衆と、一路栃尾城へ逃れる。
腐っても守護代。
昭田常陸介は別の場所へ移動。
晴景は春日山を恢復。
膠着状態の越後は、束の間の平和をとりもどす。
景虎は、宇佐美定行に兵法を教授してもらう。
ものすごい吸収力だ。
晴景は、春日山で満足し、また酒色にふけりはじめる。
京から美しい姉弟を買って溺愛。
景虎はその噂を聞き、怒り心頭だ。
春日山へ諫言に行く。
晴景は逆ギレ。
追い出される形で、景虎たちは越中へ。
景虎は諸国をまわってみたかった。
越中山奥の尼寺で、奇しくも松江と再会。
松江は再会を喜び、数日寺に厄介となる。
しばらくして、景虎郎党の鬼小島弥太郎と松江が恋仲に。
松江は景虎にとって育ての母も同じだ。
複雑な気持ちだったが、快く添わせる。
その後、飛騨から信州に入り、松本・諏訪へ。
このとき武田晴信は、諏訪氏を滅ぼした直後。
諏訪からは武田氏の領土となっていた。
折りならず、晴信は鷹狩りの途中、景虎と運命的な邂逅を果たす。
それは、裏富士の裾野。
わずかな、すれ違いではあったけれど…。
景虎たちは、そこから武蔵野をまわり、越後へもどる。
越後は相変わらずの膠着状態。
このままではラチがあかない。
景虎は宇佐美定行と示しあわせて討って出る。
…といっても、敵の領土の民家を焼き払っては逃げる。
俊景の堪忍袋を破らして、逆寄せさせるのが目的だ。
果たして、まんまと策に乗ってくる。
しかし敵は、自軍の十倍近い。
守護代の冠が必要だったのだ。
宇佐美の案で、上杉定実から春日山を動かすことにする。
イヤイヤながらも、晴景は栃尾城へやってくる。
* * *
当時の越後の情勢は、まさに下克上。とくに長尾氏は、守護代を争って、本家分家入り乱れている。
そんな時代に、のちの上杉謙信は生まれる。
父親に疎まれる境遇にあったのは、川中島で戦ったあの人と同じだ。
それにしても歳の離れた末子なのに、なぜそんなにかわいくなかったのか?
母を早くに亡くし、松江という一風変わった女に育てられ、思春期に兄の偏愛を目の当たりにして、景虎は女性に不安定な感情を持ち始めていったようだ。


