2009年7月31日金曜日

ローマ人の物語(3)

 シチリア—すぐに思い浮かぶのは、クリストファー・ランバート主演の“シシリアン”に代表されるようなイタリアンマフィアの島。
 紀元前、ローマとカルタゴはここを取り合った。第一次ポエニ戦役だ。ほとんど海に出たことのない国ローマが、海運国カルタゴにほぼ初戦から勝ちまくる。船を見よう見まねでコピーして、ローマ式に実用的に改造したのだった。少し昔の日本が、自動車で世界を席巻したことと似ているなぁ。
 そんななか、後の大敵となるハンニバルの父、ハミルカルがローマの前に立ちはだかる。しかし若輩で、国の信頼が薄かった彼は、結局、敗戦国の調整役として講和の場に臨むこととなった。ハミルカルはその後メキメキと頭角を現し、当時のスペインを開拓し力を蓄えていく。そしてその“力”をハンニバルが受け継ぐこととなる。

 ローマが強かったのは、とにかくシステムにある。敵をも取り込もうとする姿勢。前にも書いたが、その前向きな考え方は驚愕に値すし、今の日本や世界が手本とすることが盛りだくさんだ。第一次ポエニ戦役後。ローマは、アドリア海の海賊と北辺のガリア民族を駆逐し、街道を敷設して後顧の憂いを断つ。しかしこの時点でカルタゴと再び戦はなければいけない理由はないのだが。

2009年7月26日日曜日

映画:サマーウォーズ

 上田市民だけの映画披露試写会があり、それに夫婦で応募したのだが、カミサンだけ当選。それをふんだっくって20日に上田市文化会館へ観に行く。
 最初に、細田監督と主演の声を担当した神木竜之介君とヒロイン役の桜庭ななみさんが舞台挨拶に出てきたのだけれど、遠くて顔がよくわからん。監督の奥さんが上田の方だということで、結婚報告で訪れた上田のロケーションから着想が広がったのだそうだ。桜庭さんは「駅に降り立つと映画と同じ風景が広がっていて感動しました」と言っていたのだけれど、映画を見て納得することになる。そう。全編、舞台が上田市そのものなのだ。そしてそこに登場する大家族“陣内家”は、真田家をモチーフにしているのだ。

 映画の内容は、ぜひ観て確かめてもらうとして、さすが「時かけ」の細田監督だ!としか言いようがないテンポの良さ。
 久しぶりにアニメーション映画をスクリーンで鑑賞したが、やっぱ迫力もあって、思わず手に汗握ってしまった。
 ラストは思わずケンジくんといっしょに叫んでしまいそうだった。

 まあ、ともあれ、映画のロケや、有名アーティストのジャケット撮影やPVで有名になりつつある上田市。さらにこのサマーウォーズがご当地映画となることは間違いないっす!

 それでは皆さん、この映画を…「よろしくお願いしまぁ〜す!」

2009年7月19日日曜日

ローマ人の物語(2)

 ローマがギリシアに使節団を派遣したのは、ギリシアがペルシアを退け、名実ともに絶頂期に入ったころだった。このころのギリシアは“アテネ”と“スパルタ”の力が拮抗していた時代で、なぜかローマは、このふたつのポリスを模範とはしなかった。
 そんなこんなで、三者鼎立だった王制から、共和制に移行し貴族vs平民となってしまったローマは、あっけなくケルト族に負けてしまう。ローマ初めての敗北と言っていいだろう。屈辱的な数ヶ月を経てケルトと話し合ったのだけれど、ほぼ無条件降伏のようなものだった。それからなんとか元の領地と、精神的な回復がなるのは、なんと半世紀以上もかかる。
 ケルトとの敗北で、どん底に突き落とされたローマは、内輪もめしてる場合ではないと、画期的な法律をつくる。かなり元老院が平民に開かれた。そしてあの「ローマ街道」が造られていくのもこのころなのだった。

 それにしてもローマの人々の考え方は、紀元前という大昔なのに、現代より開かれた考え方に驚かされる。すぐお隣りのアテネでさえ、かなり閉鎖的だったのに、それに影響されることもなく、開かれた国づくりを進めていく。

 そして、とうとう小さい都市国家だったローマがイタリア半島全土を統一するときが来る。建国から500年近い時が流れていた。

2009年7月11日土曜日

ローマ人の物語(1)

 ドラクエ9が今日発売だ。
 ある意味このゲームがオイラをファンタジーの世界に誘ってくれた、と言っても過言ではない。ヨーロッパ世界の香り漂う勇者の物語。古典のロード・オブ・ザ・リングや、新興のハリーポッターも、今となってはドラクエのおかげで楽しめるようなものだ。
 そして、今回、だからこそ今こそ読もうと手に取ったのが、この「ローマ人の物語」だ。
 文庫で34巻。著者が文庫化するうえで、細分化したのには意味がある。でも財力のないオイラにとっては、少々イタい(;_;)

 1巻・2巻はローマの生い立ちが中心だ。「へぇ〜」ということのトリビアの連続で、知らなかったことがてんこもりだ。
 まず、初期のローマは王制ではあったが、世襲制ではなかったこと。東洋と西洋の歴史的根本の違いって、この王様の選び方だと思う。王制が7代続いたのちには、なんと共和制になってしまった。あと元老院は、本当にジイサンたちの集まりだったってのもびっくりだ。
 後半はローマとギリシアの比較がされている。もちろん時代的に先進国はギリシアで、ローマはそれを手本にしたところが多かっようだけど、決定的に違ったのは“民族の同化”だった。ギリシアは閉鎖的だったのに対して、ローマは戦争で敗った国を吸収合併していった。それも負けた人びとを奴隷にせず、市民として参政権まで施した。

 こうやって、この本を読み進めて行くと、ドラクエの世界も違った眼で見えてくるかもしれない。

2009年7月6日月曜日

雷電本紀

 昨今、地元の英雄といえば“真田幸村”と言われて久しい。でも、もうひとり忘れちゃいませんか!! …というわけではないけれど、たまたま雷電に関する歴史小説があると知って、いろいろ本屋を探したけれど、見つからず結局ネットで注文。
 著者は飯嶋和一さん。その筋では超評価の高い歴史小説家だ。

 話は主に、鍵屋助五郎の視点で進む。
 浅間山が大噴火を起こした天明の大飢饉のころ。彼は海野宿の白鳥神社の奉納相撲で、江戸から招待されたプロの力士をわずか十七歳で投げ飛ばし、歴史の舞台に登場する。彼の強さは民衆に支持され、おすもうさんに赤ん坊を抱いてもらうと、災厄祓いになると言われるようになったのは、雷電がするようになってからのようだ。
 そのころの力士は藩のおかかえで、えばり散らしていたし、八百長相撲が横行していた。そんななか雷電は雲州出雲藩おかかえではあったけれど、実力で勝つ民衆の希望の光となる。
 巡業先の貧しい村へ出かけ、四股を踏み荒稽古を披露し、それが民衆に活力を呼び覚まさせ、病魔払いとなった。うまい例えではないけれど、今で言えばナカタやイチローと言ったところだろうか。
 二十一年間・約三百戦中、わずか十敗。古今無双といわれたからこそ、挑む力士たちも光りを放った。
 しかし時が過ぎ、気がつけば切磋琢磨した仲間たちは去り、修羅を燃やした宿敵たちいなくなっていた。晩年、彼らを祀るために鋳造された鐘楼や鐘が、鍵屋助五郎の死を招く。
 その鐘のコピーが、小諸市の養蓮寺に残っているらしい。

 名もないような村へ出向き、四股を踏み厄を祓い、引退後も地方巡業を続け、最期まで民衆のヒーローであり続けた雷電。ここにも地元の英雄がひとりいる。