2011年3月31日木曜日

忍びの国

織田信長の次男・信雄が、伊賀を攻めたときのお話。
信雄は、北畠具教の養子に入っていた。
その義父を、文字通り“襲って”伊勢を手に入れる。
次は伊賀だ。
父・信長は息子を褒めるでもない。
「伊賀には手を出すな」
父の言葉のウラとは…。

一方、伊賀国には地侍が多数争いあっていた。
下人である忍者たちは、人を人とも思わず殺す。
百地三太夫の配下である無門は強い。
相手の下山平兵衛の弟を殺す。
平兵衛はそこらの伊賀者とは違い“感情”を持っていた。
人を人とも思わな伊賀者を憎み復讐を誓う。
そして、信雄のもとへ。
しかし、すべては“十二家評定衆”によって仕組まれたことだった…。
*   *   *
無門に伊賀国を大切にする気持ちはサラサラない。
しかし、もうひとつの“国”を守ること。
これがいかに大事なことか、最期に知ることになる。

勝海舟(三)長州征伐

世はまさに、幕末動乱期。
驎太郎も幕府の混乱に翻弄されるように、西へ東へ。
宿願だった神戸の海軍操練所も、立ち枯れ状態に。
言い聞かせて、龍馬たちを西へ。
そんななか長州が蜂起。
これを薩摩を中心とした幕府軍が掃討。
蛤御門の変だ。
追い打ちをかけようとする幕府。
だが、薩摩の思惑もあり難航。
そんなとき、徳川家定が亡くなる。
この若き将軍は、驎太郎にとって精神的支柱だった。
落ち込む驎太郎を、幕府は長州との調整役として派遣する。
自暴自棄の驎太郎。
それを諭したのは、良き友でもある奧医師・松本良順だった。
*   *   *
あの強い驎太郎が挫折しかける。
それを救ったのは松本良順。
「幕府のためじゃなく、日本のために赤誠を」
という、驎太郎の座右の銘とも言えることを、改めて示す。

勝海舟(二)咸臨丸渡米

長崎に来て二年がたつ。
永井玄蕃頭が任期を終え、木村図書が後任に。
ペルスライケンたちが母国へ帰る。
変わりにやってきたのが、カッテンデーキ大尉。
日本人をちょっと見下しているようだ。
そこで真剣試合。
サムライスピリッツの凄さを見せる。
この試合で本当に死人が出てしまった。

新しい船がオランダからやってくる。
日本丸と命名。のちの咸臨丸だ。
長崎も三年目になり、遠洋航海演習へ。
当初琉球を目指していたが、薩摩からお呼びがかかる。
なんと島津斉彬自ら甲板に。
こうなることを驎太郎は予感していた。
島津斉彬は賢君だった。
日本の未来を考えている。
咸臨丸は二度ほど薩摩へ回航した。

井伊直弼が大老となる。
開国派がしめつけられはじめた。
長崎伝習所は廃止。
驎太郎は長崎から呼び戻される。
江戸で海軍操練所が開かれ、その頭取に。
勝家は田町から元氷川に引っ越す。

とうとう、遣米使節団の人選が始まった。
驎太郎は艦長に。
乗組員には福沢諭吉の姿も。
驎太郎は出帆前にカゼをこじらせる。
家人の心配をよそに、フェイントで咸臨丸に乗船。
二度と帰れないかもしれない。
それなのに、ちゃんとした別れを嫌った。

出帆は一月で雪がちらついていた。
往路はほとんど晴れない。
大時化が続き、誰もが死んだようだ。
そんな困難な往路。
やっとのことでサンフランシスコに到着。
そこで驎太郎たちを待っていたもの。
それは、めくるめくカルチャーショックだった。
さて、咸臨丸で渡米した偉業を成し遂げた驎太郎たち。
だが帰国しても、それが拍手で迎えられたわけでもなかった。

鬱勃としている驎太郎の前に現れたのは、あの坂本竜馬。
勝塾は、彼の登場でにわかに活気づく。
そして、神戸に海軍操練所の創設が決まるのだが…。
*   *   *
渡米後、いきなり坂本竜馬たちが登場。
昨年の大河ドラマに出てきた面々だ。
驎太郎は、そのなかでも岡田以蔵に目をかけていた。
もう一人、広井磐之助という仇持ちにも。
驎太郎の、死に向き合っている者たちへの慈愛が感じられる。

弁解。
ここ数ヶ月、いろんなことがあったので、ブログ更新がおろそかになってしまった。
東日本大震災に被災された方々には、何といってお見舞いしていいか分からない。
未曾有の大災害だけれど、この本の舞台である幕末以降、戦後、阪神大震災と、不死鳥のように復活してきた日本の底力がためされていると思う。

さて、横道にそれた。
ようするに、本は読み進めているけれど、これからちょっと感想を簡略化します。
すんません。

2011年3月30日水曜日

勝海舟(一)黒船渡来

去年の大河ドラマ「龍馬伝」。
勝海舟が演じていたのは、あの“龍馬オタク”の武田鉄矢さん。
「新選組!」のときの、野田秀樹さんのほうも悪くないと思っている。
これを機会に脚光を浴びるかと思い、この小説を探したが、古本はおろか市販本さえない。
結局ネット注文してゲット! 少々手痛い出費となった。
この勝海舟という人。
とにかく粋で鯔背な江戸っ子を地でいく人物。
そのキップの良さが、読み進めて分かっていく。
*   *   *
勝驎太郎は、島田虎之介の道場で剣を磨いていた。
師範代をまかされるほどの腕前だ。

驎太郎の父・小吉は、わけあって隠居の身。
見た目は放蕩者。
しかし、レッキとした幕府直参。
腕っぷしも強く、困っている者は見過ごせない。
地元・本所の人たちから頼りにされている人格者だ。
勝家は、岡野家の邸内に住まわしてもらっている。
その岡野家の隠居が妾宅で死ぬ。
息子で当主の孫一郎も遊びで歩いてどこにいるのか分からない。
奥様に泣きつかれ、小吉は葬式を仕切ることに。

その小吉喜んで曰く「鳶が鷹を…」の驎太郎。
島田道場で免許皆伝を受ける。
二人で幕府が主催した砲術演習を観に行く。
垣間見たもの。
それは個ではなく、全体にして個。
兵隊たちの一糸乱れぬ統率した動きの素晴らしさだった。
「勝、これからは蘭学だ」
驎太郎は紆余曲折して、永井青崖という人に付く。
しかし、当時から蘭学(洋学)=蛮夷。
師範代として出稽古に通う屋敷。
道場の門下生からも白い目を向けられる。
島田道場は衰退していく。

それでも、これからは蘭学だ。
驎太郎は一心不乱に勉強。
青崖門下でもあっという間に頭角を現す。
そんなある日、都甲という老人と出会う。
青崖の師匠でもあるこの老人。
勝を気に入り、いつでも庵へ遊びに来いという。

そんな様々な出会いは、勝の伴侶にも。
その女性をひょんなことで助ける。
その喧嘩の相手方は一番組纏持。
喧嘩っ早いが悪ではない。
その丑松とその兄分の岩五郎とも仲良くなる。
助けた君江という女性。
君江(おたみ)と夫婦に。
勝、このとき二十三。

小吉は、仲間の金策に奔走していた。
寒いなか一晩中歩き回る。
なんとか金策は成ったが、小吉は倒れてしまう。
一命は取り留めたが、ひどい中風に。

驎太郎は田町に家を借りる。
都甲の勧めで、塾を開く。
しかし彼自身、学問がしたい。
塾生を教えるのは面倒なように見える。
そんなとき、どこから聞きつけたのか。
杉純道という男が飛び込んでくる。
勝のもと、蘭学を教える講師となる。

小吉はしばらくは良かった。
孫娘をふたりあやしているときだ。
またも倒れて、とうとう帰らぬ人となってしまった。
葬儀は、行列ができるほどだったという。
そのなかには、生き別れの末妹の姿も。

本所は、母のお信と末妹のお順が住み続ける。
驎太郎のまわりは平凡に過ぎているようだ。
しかし、日本はてんてこ舞いだ。
あの黒船が伊豆の浦賀にやってきた。
世の中は騒然としている。
このころ頻繁に、佐久間象山が訪れる。
「勝さん。これからは海軍だ」と、しきりに薦める。
驎太郎も考えていた。
象山が足しげく訪れるのは、どうも妹のお順を気に入ってのことらしい。
歳は離れていたが、ふたりは結婚することになった。

小笠原佐渡守から鉄砲の設計と製造を頼まれる。
これは驎太郎が、学者として世に認められることを指す。
杉やおたみは泣いて喜ぶ。
岩次郎の伝手で、鉄五郎という腕のいい鍛冶屋と組む。
驎太郎は賄賂を受け取らず、その分を国のためにいい鉄砲を作る。

島田虎之介が亡くなった。
脚気だったが、無理な試合を買って出た。
女気のない先生の病床に、お筆という女性が寄り添っていた。

象山とお順が結婚。
お礼に「海舟書屋」という書をもらう。
「“海舟”か。まんざらでもない」

再び来航したペリーのところへ、吉田松陰が密航しようする。
師匠である象山にも嫌疑がかかり、松代へ蟄居させられる。

幕府お目付の大久保忠寛が、驎太郎のところへやってくる。
このとき、大久保は海防係だ。
意見交換などをし、阿部伊勢守にも会い、洋学所へ出仕するよう言われる。
これが膨らんだ形となって、海軍養成所をつくることに。
海軍=操船。
ということで、とうとう長崎へ。
オランダ船での伝習生が選抜される。
勝塾の門下もみんな、もちろん行きたがった。
新婚の杉純道も行きたがった。
結局、門下生で行けたのは、佐藤与之助だけだった。

ひどい船酔いで長崎に辿り着いた。
長崎奉行の永井玄蕃頭が出迎えてくれた。
オランダの教官・ペルスライケン大尉は熱い。
驎太郎が明日からでも教えてほしいと頼むと、感激したのかハグされる。
長崎で驎太郎に“いいひと”ができる。
扇を売る梶屋のむすめで、名をお久というきれいなひとだ。
*   *   *
父・小吉は時代小説の主役を張れるような江戸っ子のカガミ。
その息子驎太郎。ただの俊才だけじゃない。父のいいところを多いに受け継いで、世に出てゆく。
勉強も人一倍以上にやったが、なんといっても江戸っ子特有のその行動力で、長崎での伝習も粋がいい。