2009年10月27日火曜日

宮本武蔵(六)

 いったんは江戸に入った武蔵だったが、石母田外記にもらった金塊が気になり、それを返すべく後を追う形で少し北、法典が原というところで、伊織との運命的な出会い。
 父を亡くしたばかりの伊織は気丈だった。何を感じたものか、武蔵は伊織を弟子にする。
 その場を修行の場とし、利根の大水が出るというまわりの百姓たちに小バカにされながら、荒地を開墾しはじめるふたり。剣を鍬に持ち替えての修行だ。なかなかうまくいかないがここで得た教訓は「自然に逆らわない」こと。晴耕雨読の毎日。
 そんなある日、土匪(山賊)によって近くの村が荒らされ、“七人の侍”よろしく、武蔵が先頭に立って村人たちを導き、兵法によって山賊たちを追い払う。それを細川家の老臣・長岡佐渡が偶然見ていた。
 それからはまわりの村人たちも、武蔵たちの開墾を手伝いうようになり、敬うようになった。

 一年近くが過ぎ、法典が原は見違えるばかりの青田になっていた。
 長岡佐渡は、細川家の若殿・忠利に推挙すべく法典が原へ。しかし入れ替わるように、武蔵たちは江戸に起っていた。
 江戸は大坂の暗雲から、往来を厳しく戒めはじめていた。そんななか武蔵たちは、偶然にも柳生家の高弟・木村助九郎と出会う。
 宿をとった武蔵。隣りの部屋とイザコザになり、ひとりが乗り込んで凄むのだが、武蔵はソバを食べながら、何か黒いものを箸でつまんでは外に抛り出している。よく見るとそれは、ソバにたかるたくさんのハエだった…、というあの有名な逸話がここで紹介されている。
 そのあとさっそく、柳生家に手紙を書き、伊織に届けるように言う。

 宿の向かいに「本阿弥流御たましい研所」の看板。光悦の弟子の店だと、ピンときた武蔵は、さっそく刀を研ぎに訪れる。
 かたな談義に華が咲き、主人が研ぎ上がるまでの代刀を見ると、その一本に魅せられてしまう。主人は、武蔵が手すさびに作る観音像と交換なら譲ってもいいと申し出る。

 伊織は迷っていた。教えられて辿りついた屋敷は、今で言う勤務先のようなもので、住居は遠く離れた村だと教えられ、伊織は意地でもそこへ行くことに。
 近くまできた伊織だが、なかなかたどりつかない。キツネにばかされたと思い込んだ矢先、きれいな女性を発見。キツネだと思い込む。なんとそれはお通。何の因果か、お通は柳生家に助けられ、又八の手を脱し、石舟斎との縁で江戸柳生家の厄介になっていた。
 そんなお通を追いかけてくる若者がいる。柳生兵庫。頭首・柳生宗矩の甥で、剣の腕は宗矩以上かもしれない。
 石舟斎が危篤と聞き、ふたりして大和へ向かう途上、伊織と出会うが、まさかその手に持つ手紙に、武蔵の消息が書いてあるとは露とも思わないお通であった。

 宿をひきはらって、向かいの刀研師の二階に住み込んだ武蔵。それをどこから嗅ぎ付けたか、半瓦の舎弟たちが佐々木小次郎とお杉婆に居場所を告げ、お婆はいきり立ち、小次郎も助太刀に立つ。
 あと一歩のところで横槍が入る。小次郎を仇と狙った小幡の高弟・北条新蔵だ。
 小次郎と切り合い、何とか一命を取り留めた新蔵。刀研師の家で長く養生していたが、快方に向かい武蔵が家まで送る。途中、またしても六方者たちが立ちはだかる。
 舎弟たちは仲間を斬られて憤慨していたが、武蔵は無視して逃げてしまい、その行動を卑怯者と、江戸中に高札が掲げられてしまう。

 小次郎も細川家の一家臣の食客として養われていた。大望を内に秘め、立身を夢見ながらも、安く自分を売り込まずにいたが、名君・細川忠利に仕える気になりつつあった。やっとのことで拝謁を賜るも、腕見の立ち会いで残忍な一面を見せてしまう。
 それを取り繕うために、相手の見舞いに出向く小次郎だった。
 そんなある日、又八は西瓜売りに身をやつし、いつの間にか朱実と暮らしていた。
 女郎屋から朱実につきまとっていた男に、つきまとわれていた又八を助けたのは、なんと小次郎だった。

 さて武蔵たち。高札の噂を嫌って武蔵野まで。そこで一庵を結ぶとはいかないまでも、伊織と暮らしはじめる。
 そこへどうつきとめたのか、北条新蔵がやってきて「ぜひ会わせたいひとがいる」と自宅へ招く。
*   *   *
 城太郎をほっぽって、伊織を弟子にするんかいっ!と、武蔵に突っ込みたくなった。はぐれた城太郎はどうなったの? どう思っているのか。なんか武蔵が薄情に感じるのだけとれど、どこかに生きている確信みたいなものがあるのだろうか。
 武蔵と小次郎。江戸でも細川家でも切っても切れないくされ縁だ。忠利は武蔵のほうが気になるみたい。小次郎はその傍若無人ぶりがあらわになってきた。
 柳生兵庫はお通が気になってるみたいだ。お通は相変わらず。武蔵は言わずもがな。どうなんの!?

2009年10月20日火曜日

宮本武蔵(五)

 下り松の戦いで、九死に一生を得た武蔵。
 ボロボロの体を、叡山の一寺に寄せていたが、例の子ども殺害で物言いが付き、明朝には寺を出て行くことに。その夜、お杉婆に命を狙われるが、どうしても憎めない武蔵は、一緒に瀬田方面へ下ることにする。牛を借りて、その背にお婆を乗せて歩いていたが、お婆は逃げてしまう。
 それを黙認するように言われた女がいた。武蔵はそれにはふれず、お通への手紙をその女に託す。「こんどは自分が待っている」と。生きている喜びと、決戦の前に出会ったときのお通の印象が、武蔵をそうさせたのだった。

 その女の家でひとやすみしていると、奥にいたのは、なんと又八。朱実とかけおちの途中、朱実がその家で、具合悪いのを装って逃げてしまっていた。そんな又八と武蔵は旧来の友。すぐに打ち解け、諭して、一緒に江戸へ出ようと誘い合う。しかし武蔵は、又八の母・お杉婆とすぐ前で別れたので、探してきっと得心させて来いといって、ここでは一旦別れることに。
 そこで、さらに一眠りする武蔵。いつからか、外では職人たちが、下り松の武蔵の活躍話で盛り上がっている。そこへ反論する若者の声。佐々木小次郎だ。例の子ども殺害を引き合いに出して、卑怯だとののしる。しかし奥にいたのは武蔵。バツの悪い小次郎に武蔵は、仲介の件など、わざわざ慇懃に礼を言い、小次郎の言をしかと覚えておくと、行く末を暗示させる言葉の数々。

 武蔵とお通と城太郎。折よく瀬田で落ち合い、あとは又八。と、武蔵は待っている。
 その又八。なんと佐々木小次郎と出会い、つかまっていた。小次郎は、武蔵のひどさを口酸っぱく説いて、又八に「江戸へなどやめておけ」と引き止めるが、又八は武蔵を信じてそれを振り払う。

 武蔵たちは先に立つことに。お通の乗った牛を、武蔵が引いて行く。やっと仲睦まじく歩く姿だった。それを追ってきた又八が目撃。嫉妬メラメラ。
 木曽馬籠の女男滝での事件がキッカケで、武蔵とお通の歯車はまたくるいはじめる。
 牛を城太郎に預けて、距離をとりながらの旅。そこへ現れた又八。牛もろともお通をさらってしまう。泣きながら追いかける城太郎。

 武蔵は遠くで待っていたが、旅人たちの噂でお通が何者かに誘拐されたことを知る。探して駒ヶ岳の麓まで。牛を発見。そこは母ひとり息子の若者ひとりの百姓家。早合点した武蔵は奇しくも手痛い反撃に遭う。その家の息子・権之助は棒の達人だった。誤解とわかるとお通たちをいっしょに探してくれたのだけれど見つからない。それでもなんとか城太郎の足取りはつかむ。
 武蔵は、この棒術使いとの奇縁を喜んだが、今度仕合ったら殺してしまうかもしれぬと、思いきわめ、そこを去り、城太郎を追って奈良井の大蔵宅へ。

 大蔵は百草(薬草)を商う豪商。親切が取り柄と聞いた城太郎は、その噂を頼って行ったのだった。
 一足違いで旅立った城太郎たちを追いかける武蔵。塩尻峠で先回りして待つことにしたのだが、いっこうに出会わない。出くわしたのはなんと、木曽の権之助母子だった。
 木曽武士の末裔の名折れだと、老母が叱咤激励して、改めて仕合いを申し込みにきたのだ。そのひたむきさに真剣勝負を受けて立つ武蔵。
 母の加勢もあって、勝負は引き分け。のちに権之助は夢想流を起ち上げたのだという。

 そんな武蔵にひとりのファンが。彼は仙台伊達藩の石母田外記。諏訪湖畔で出会い仲良くなる。京からの帰り途中、武蔵を慕って偶然会えれば、と望んでいたという。その気があれば、仙台にと誘われたりする。

 外記と別れた武蔵は、大蔵たちの足取りを追って和田峠を夜越え。途中の茶屋で、風呂敷から知らない小判が出てきてびっくりの武蔵。外記が有用な牢人を抱えようと、布石として偲ばせた黄金だった。茶屋で出会った山賊まがいがそれを狙っていたが、武蔵はそれに気づいている。しかしその中には、なんとあのお甲と蓄電した吉岡門弟の祇園藤次がいた。
 お甲との再会を素直に喜び、酒を酌み交わす武蔵。しかしお甲と藤次は寝静まった武蔵を、小屋もろとも崖下に落としてしまう。仲間と武蔵をさがす藤次たち。しかし武蔵は見つからない。

 その数日後、城太郎は奈良井大蔵と八王子に出ていた。そこで大蔵の真の正体を知ってしまう城太郎。それを逆手に取った大蔵は、城太郎に自分の養子にならないかと迫られていた。

 いつしか一年と半年が過ぎて…。

 朱実は流されるままに女郎屋の亭主に拾われ、葭原(吉原)の女郎に身をやつしていたが、小次郎の姿におののき、またも姿をくらましてしまう。
 その小次郎も江戸に出ていた。何の奇縁か、お杉婆と浅草寺で出会う。婆は六方者(渡世人)の親分・片瓦弥次兵衛の厄介になっていた。
 小次郎は小幡流軍学の門弟たちとイザコザが絶えない。
*   *   *
 お通と武蔵。やっと打ち解け合ったと思ったのも束の間。男と女にはよくあるすれ違い。お通の悲願が叶っただけに、なんとも悲恋だとしか言いようがない。
 それにしてもすれ違いと奇縁の連続。中山道を越える道すがらの中でも、なんという出会いと別れだろうか。武蔵を中心とした人びとの、運命の流転に目を見張る思い。

2009年10月11日日曜日

宮本武蔵(四)

 沢庵に助けられ、お通は辛くもお杉婆の魔手から逃れ得る。
 お杉は息子・又八にお通を討たせようとしていたが失敗する。

 一方、武蔵。奇縁に恵まれた武蔵は、本阿弥光悦の宅に逗留していた。
 ある日光悦と遊郭に出かけることに。そこを待ち伏せていた吉岡の門弟が、武蔵と伝七郎との果たし合いを申込む。即応する武蔵。決闘は今夜だという。しかし、武蔵はこれから遊里へ行くのだが…。
 光悦は途中、大町人の灰屋招由と一緒になり扇屋という遊郭へ。慣れない遊びに、ぎこちなく酒を飲む武蔵だったが、折りをみて中座、約束の場所へと向かう。外は季節外れの春の雪。

 吉岡伝七郎は待っている。雪の中で。イライラ。そこへ登場する武蔵。伝七郎はイライラが裏目に出、精細さを欠いてしまった。構えが成っていないのだった。それでも互角。そこに高弟の助太刀が…。振り向き、振り向き、斬っていた。この助太刀が入らなければ互角のままだったかもしれない。

 何食わぬ顔で戻った武蔵だが、外は吉岡の門弟たちが意地になって町を取り囲む形。思い詰める武蔵に、扇屋の看板、かの吉野太夫が、琵琶を比喩にしてたしなめる。
 琵琶の体には、横木が一本這わしてあるだけだ。きっちり固定されていても、ゆるくてもいけない。その微妙な“遊び”が大事なのではないかと…。張りつめてばかりいると弦は切れてしまう。今の武蔵には余裕がないと諭す。

 武蔵は考えを直して、吉野太夫のところに数日ゆっくりと過ごす。そんなところへ、どこで聞きつけたか、城太郎がやってくる。城太郎は武蔵に、烏丸家にで臥せっているお通へ会ってくれるよう、涙ながらに説得する。それをシオにここから出ることにする武蔵。だが、街のまわりはまだ吉岡の者たちがたむろしている。堂々と表門から出る武蔵は当然、取り囲まれる形。しかし、佐々木小次郎が仲裁に入り、武士として堂々と決闘するようすすめ、場所は一乗寺下り松と決まる。

 どうしてもお通に会いきれない武蔵。烏丸家に城太郎を送り、自分は去ってしまう。
 一乗寺への向かう道すがら、三道ある一つも選ばず、鵯越よろしく敵の背後を突こうと考える。
 ここで武蔵は、とうとうお通と再会を果たす。しばし言葉もないふたり。どちらともなく気持ちをぶつけ合う。死をも覚悟するお通に生きろと諭す武蔵だが、お通の覚悟は武蔵以上に澄み切っていた。
 もとより武蔵も死を覚悟していた。お通を振り切り、八大神社に出る。自分の弱さに、辛くも神恃みを避けた武蔵は、澄み切った精神で合掌し、七十人のなかへ身を躍らせていく。

 鬼畜と化したかのような武蔵。まずはと、吉岡の血統である大将首は、年端も行かない子ども。しかし、それを血祭りに上げてしまう。
 武蔵は兵法に長けていた。地の利を使い。細い道で、大勢の敵に囲まれないように工夫する。一の太刀から二の太刀に移る速度や、返しの刀が異常に速い。なまじ師がいないので、独特な刀法を編み出していた。気がつくと、両手に太刀を持って戦っている。かの二刀流は、武蔵が無意識のうちに工夫していた、武蔵でしかありえない偶然の刀法だった。
*   *   *
 ここでもまた、武蔵は達人に出会う。吉野太夫だ。人間には“遊び”が必要だと諭される。吉野にしろ、お通にしろ、そしてある意味お杉婆も。女の聡明な強さを感じさせられる。
 武蔵には天性で、暴勇な剣の強さと、敵を察知する野生に似た敏感さを持っていて、沢庵の助けで書を読み、兵法も身につけた。伝七郎との決闘では、のちの小次郎との戦いを、想起させる幾つかがあるようだ。
 一乗寺の戦いでは相当な自身になったと思うのだが、年端も行かない子どもを手にかけたことは、どんなものか悩むところ。

2009年10月5日月曜日

宮本武蔵(三)

 武蔵はケガをしている。釘を踏み抜いて。
 梅軒を訪ねると折り悪く留守で、伊勢神宮の禰宜・荒木田氏の仕事をしているという。そこには、偶然にもお通と城太郎が身を寄せている。
 そうとは露とも知らない武蔵。梅軒は荒木田氏のもとにはおらず、足のけがはいよいよひどくなる一方。旅籠で悶々とする武蔵は、けがによっての自身の未熟さをののしり、宿の外に見える絶壁の鷲ヶ岳を石舟斎と見立てる。けがをした足で山に挑む武蔵。石舟斎を越えたという気持ちがそうさせるのだった。

 京都には当面の敵・吉岡清十郎がいて、果し状も送ってある。返答の日時と場所も記したので遅参するわけにはいかない。その約束は又八への約束ともリンクしている。
 京都へ向かう武蔵は、偶然に梅軒と出会う。梅軒の家に泊まり、鎖鎌の極意や型などを教えてもらう武蔵。話は生い立ち話。話に花が咲く。しかし、なんと梅軒は、関ヶ原近くで武蔵と又八とで返り討ちにした野武士の頭領の弟・辻風黄平だった。寝込みを襲われそうになった武蔵だが、間一髪で身を隠し、逆に寝首をかけるぞという脅し工作をして梅軒宅を去る。これも一種の兵法。

 武蔵と吉岡清十郎の果たし合いは、あっけなく決着がついてしまう。
 高札で約された場所で果たされず、吉岡門下や佐々木小次郎にも立ち会われず、いろいろな人びとの思惑が交錯する外で、吉岡清十郎の付き人だけが、立ち合いの承認ということになってしまったが…。
 その言葉によれば木刀での勝負で、清十郎は肩を打ち砕かれた。これによって彼は、片腕をなくすこととなってしまう。
 武蔵は勝ったものの、心から喜べない。吉岡清十郎は弱かった。そんな帰り道、枯れ野のなかで不思議な老母と息子に出会い、何とはなく魅かれ、時をともにする。息子はあの本阿弥光悦。武蔵はここで剣道と茶道の不思議な共通点を発見したりする。

 又八はとうとう本物小次郎と鉢合わせ、化けの皮をはがされ、結局頼るのは母のお杉婆。母を慕って、清水三年坂へと向かう。

 吉岡では、弟の伝七郎が兄の復讐のため、遊蕩先から舞い戻り、躍起になって武蔵を探していた。

 そんな武蔵を、追いかけるお通や又八やお杉婆。お通はせっかくのチャンスも、嫉妬に焦がれて逃してしまう。婆はそんなお通をうまく言いくるめて、何を企むのか!?
*   *   *
 これまで読んでみると、武蔵は確かに強いのだけれど、本当に自分より強い者には実際にぶつかっていない気がする。宗彭沢庵、宝蔵院日観、柳生石舟斎、そして本阿弥光悦のような人たちと交わるにつけ、自分の未熟さを感じずにいられない。