2009年10月11日日曜日

宮本武蔵(四)

 沢庵に助けられ、お通は辛くもお杉婆の魔手から逃れ得る。
 お杉は息子・又八にお通を討たせようとしていたが失敗する。

 一方、武蔵。奇縁に恵まれた武蔵は、本阿弥光悦の宅に逗留していた。
 ある日光悦と遊郭に出かけることに。そこを待ち伏せていた吉岡の門弟が、武蔵と伝七郎との果たし合いを申込む。即応する武蔵。決闘は今夜だという。しかし、武蔵はこれから遊里へ行くのだが…。
 光悦は途中、大町人の灰屋招由と一緒になり扇屋という遊郭へ。慣れない遊びに、ぎこちなく酒を飲む武蔵だったが、折りをみて中座、約束の場所へと向かう。外は季節外れの春の雪。

 吉岡伝七郎は待っている。雪の中で。イライラ。そこへ登場する武蔵。伝七郎はイライラが裏目に出、精細さを欠いてしまった。構えが成っていないのだった。それでも互角。そこに高弟の助太刀が…。振り向き、振り向き、斬っていた。この助太刀が入らなければ互角のままだったかもしれない。

 何食わぬ顔で戻った武蔵だが、外は吉岡の門弟たちが意地になって町を取り囲む形。思い詰める武蔵に、扇屋の看板、かの吉野太夫が、琵琶を比喩にしてたしなめる。
 琵琶の体には、横木が一本這わしてあるだけだ。きっちり固定されていても、ゆるくてもいけない。その微妙な“遊び”が大事なのではないかと…。張りつめてばかりいると弦は切れてしまう。今の武蔵には余裕がないと諭す。

 武蔵は考えを直して、吉野太夫のところに数日ゆっくりと過ごす。そんなところへ、どこで聞きつけたか、城太郎がやってくる。城太郎は武蔵に、烏丸家にで臥せっているお通へ会ってくれるよう、涙ながらに説得する。それをシオにここから出ることにする武蔵。だが、街のまわりはまだ吉岡の者たちがたむろしている。堂々と表門から出る武蔵は当然、取り囲まれる形。しかし、佐々木小次郎が仲裁に入り、武士として堂々と決闘するようすすめ、場所は一乗寺下り松と決まる。

 どうしてもお通に会いきれない武蔵。烏丸家に城太郎を送り、自分は去ってしまう。
 一乗寺への向かう道すがら、三道ある一つも選ばず、鵯越よろしく敵の背後を突こうと考える。
 ここで武蔵は、とうとうお通と再会を果たす。しばし言葉もないふたり。どちらともなく気持ちをぶつけ合う。死をも覚悟するお通に生きろと諭す武蔵だが、お通の覚悟は武蔵以上に澄み切っていた。
 もとより武蔵も死を覚悟していた。お通を振り切り、八大神社に出る。自分の弱さに、辛くも神恃みを避けた武蔵は、澄み切った精神で合掌し、七十人のなかへ身を躍らせていく。

 鬼畜と化したかのような武蔵。まずはと、吉岡の血統である大将首は、年端も行かない子ども。しかし、それを血祭りに上げてしまう。
 武蔵は兵法に長けていた。地の利を使い。細い道で、大勢の敵に囲まれないように工夫する。一の太刀から二の太刀に移る速度や、返しの刀が異常に速い。なまじ師がいないので、独特な刀法を編み出していた。気がつくと、両手に太刀を持って戦っている。かの二刀流は、武蔵が無意識のうちに工夫していた、武蔵でしかありえない偶然の刀法だった。
*   *   *
 ここでもまた、武蔵は達人に出会う。吉野太夫だ。人間には“遊び”が必要だと諭される。吉野にしろ、お通にしろ、そしてある意味お杉婆も。女の聡明な強さを感じさせられる。
 武蔵には天性で、暴勇な剣の強さと、敵を察知する野生に似た敏感さを持っていて、沢庵の助けで書を読み、兵法も身につけた。伝七郎との決闘では、のちの小次郎との戦いを、想起させる幾つかがあるようだ。
 一乗寺の戦いでは相当な自身になったと思うのだが、年端も行かない子どもを手にかけたことは、どんなものか悩むところ。