この時代の信仰は現代の比ではない。
なかには厚い信仰をしている豪族も多い。
そのなかから、直江実綱などを選んで使者にたてる。
信濃では村上以下、北信濃の豪族たちが武田勢に敗退。
景虎を頼る。
彼らを厚く迎え、それに応える信濃の豪族たち。
これにより景虎は信濃へ。
武田晴信は音に聞こえた戦上手だ。
しかし晴信は、姉婿である今川義元に仲立ちを頼んで、早々に休戦となる。
じつは想い人・諏訪御前が余命いくばくもなかったのだ。
さすがの晴信も、戦に手がつかない。
さっさとケリをつけたかったのだ。
戦場からもどり、少しして諏訪御前は帰らぬ人となった。
景虎のほうでは、地侍の境目争いが絶えない。
なんとか仲裁をしているのだが、なかなかうまくいかない。
頭に来た景虎。
出奔。
ひとりで高野山に行くつもりだ。
それを諌めるため、小姓たちが追いすがる。
半年近くも押し問答が続く。
そこへ、上田の政景が、諌めるためにやってきた。
それでも景虎は動かない。
政景はトドメの言葉を刺す。
「武田をどうするおつもりか」
晴信は、越後の家臣たちの調略を開始。
それになびいたのは、古くからの家臣、北条(きたじょう)高弘だった。
身から出たサビと、景虎は春日山にもどる。
早速、北条征伐に。
しかし、相手は堅く城にこもって出てこない。
力押しで手ひどい目にあう。
そこにあらわれたのは松江。
北条の奥を説き伏せて、開城させる。
晴信は、占いにより信濃攻めを決定。
…という旨の願文を、戸隠神社に奉納。
それを聞いた景虎。
「意味わかんねぇ!」と激怒。
今度はこちらから動く。
小県の村落まで出て、焼き討ちなどの陽動。
しかし、晴信は乗って来ない。
小県には出ず、安曇野へ出、その北の豪族たちを攻略。
それでも結局、川中島で対峙。
間もなく膠着状態に。
それでも朝霧たちこめるの寒い朝。
敵の動きを察知した景虎。
決戦となる。
それでも力は拮抗し、押しつ押されつだ。
引き際も難しい。
六分の勝ち…として引き上げる。
春日山にもどると、将軍の請いを受け、上洛を計画。
将軍・足利義輝には、もう権勢はない。
勢いは陪臣・三好慶長、陪々臣・松永秀久に。
景虎はこれを打ち砕く考えだ。
勅命が降れば戦うつもりで、準備を進める。
まず、真正直に武田方に上洛の旨を伝え、停戦を申し入れる。
快く了承する晴信。
しかし、腹に一物を持って、後々行動を起こすのだが…。
これで後顧の憂いがなくなったと安心する景虎。
上洛。
再三、義輝に逆臣を討たせてくれるよう、意見上申する。
しかし、義輝は優柔不断だったのか、とうとう意見を容れない。
そんな折り、越後から急使。
武田がまたも北信濃に侵入。
留守居の政景が、よく防戦しているが、どうなるか分からない。
後ろ髪を引かれる思いで、越後へもどる。
それを知っているかのように、武田方は退き下がっていった。
今川義元が桶狭間で急死。
織田信長の奇襲に倒れる。
東海の情勢は一変。
武田信玄は、このチャンスを見逃さない。
このことで、信濃は小康状態。
景虎はこれを機に、上杉憲政との約束を実現するため、関東へ討って出る。
小田原北条氏を厩橋(前橋)で迎え撃つ。
紆余曲折したが大勝。
鎌倉・鶴岡八幡宮で、名実ともに関東管領の名跡を継ぐ。
ここで上杉政虎と名のる。
政虎はひきつづき、関東で北条を倒すべく謀略。
だが、三代目・北条氏康は賢明だ。
乗ってこない。
そんな折りも折り。武田がまた信濃に。
それも越境して越後まで入る。
「またしても空き巣ねらい!」
政虎はまたまた激怒。
北条をあきらめ、関東を引き払う。
今度こそ雌雄を決しようと、心に誓う景虎。
かの第三次川中島合戦に突入していく。
* * *
三回目の川中島の戦いは、あまりにも有名なので割愛するが、物語は、合戦から引き上げる途中、妙高の麓で物悲しく終わる。上杉謙信は、自らを厳しく律し、著者の言うところの“男性的気概”をもって生きた。
男から見れば、かっこいいことこのうえない憧れの存在だが、物語のなかの謙信は、たびたびこの乱世での自分の生き様に空しさを感じることがあった。最後はひとりの女性も幸せに出来ないと悔やむ。
上杉謙信といえば、“義”の人というイメージで、実際、村上義清など、北信濃の豪族に対する武田信玄の横暴に怒り、川中島で領地を取り返した後、領地を安堵している。けれど作中では、“義”という言葉がほとんど出てこなかった気がする。それだけ行動で体言していたということだと感じた。

