それを知ったミーハーなオイラは、この本に飛びついたわけで…。
* * *
平氏の嫡男・清盛は八歳になった。母・鶴羽は小さいころ亡くなっている。
物心つく前は、母の姉?・祇園女御の猷子(養子)として育つ。
その後、父・忠盛にかえされた。
久しぶりに祇園女御に会った清盛。
祇園女御のお供で、天皇の花見についていく。
そこで美しい人に出会う。
それは祇園女御もうひとりの猷子、待賢門院・璋子だった。
清盛十八歳。
父の親友・為忠に呼び出される。
そこで母の秘密を知る。
ときの天皇は白河院から鳥羽院へ。
天皇家は複雑怪奇。
上皇だの法皇だの。
女院の派閥も複雑で超難解。
とにかくドロドロした世界。
簡単に当時の権勢の流れを覚書すると、
天皇は白河—堀河—鳥羽—崇徳。
女院は祇園女御—璋子—得子。
といったところ。
白河院は死ぬまで権勢をふるい、手当り次第女に手をつけた。
そんなひとりが実は清盛の母・鶴羽だったのだ。
さらに清盛は母を知るという女と会う。
そこで知らされたのは、さらなる衝撃の事実だった。
それからの清盛は生まれ変わったようだ。
文武に精を出すようになる。
しばらくして清盛は、高階家の結井と結婚。
当時では珍しい恋愛結婚だ。
清盛は結井に、亡き母の面影を見たのか。
清盛は、結井との間に二男をもうけた。
しかし結井は、産後の肥立ち悪く、帰らぬ人に。
清盛、しばらく荒れる。
清盛は平時信と馬が合い、邸へよく出入りしていた。
賭け事はこの当時、双六か碁ぐらい。
時信邸は、そんな碁を囲む集会場と化していた。
そこで時子と出会う。
清盛は時子と結婚。
異母弟の家盛。
天皇熊野詣随行中の帰りに発作を起こし死亡。
忠盛としては、実の息子だっただ。
それに落胆したのか、数年後亡くなってしまう。
名実ともに、平家の頭領となった清盛。
そんななか、殿上に暗い影が。
崇徳上皇と後白河天皇の間に亀裂。
保元の乱が起こる。
清盛はじめ、源義朝などが後白河天皇方に。
武士団は、親兄弟で骨肉の争いとなってしまう。
結局、後白河側が勝利。
崇徳上皇についた、清盛の叔父や義朝の父弟。
それらを、血筋自ら誅殺しなければならなかった。
この過酷な命令を出したのは、信西という宰相。
のち、後白河側で手腕をふるうようになる。
論功行賞では平氏は格別な恩賞を賜る。
しかし、源義朝はじめ源氏は不満の残る結果となった。
時子には腹違いの妹が。
滋子というが、ときどき遊びにきていた。
それを見た清盛。
亡き待賢門院を思い出し思い焦がれる。
それほど滋子は美しかった。
しかし、すでに天皇の側に行くことが決まっていた。
後白河天皇は早々に退き上皇に。
ここに二条天皇が即位。
そんなころ、上皇に取り入ったのは藤原信頼。
どうして気に入られたのか?
ブサイクで太ってるし。
しかし後白河上皇から寵愛を受けていた。
この人が目の敵にしたのが信西だった。
信頼は、これまた同じ不満を持つ、源義朝を味方に。
挙兵の機会をうかがっていた。
彼らにとって平氏は、目のうえのコブ。
そんな平氏が熊野詣でに。
「チャ〜ンス」とばかり、義朝方は兵を挙げる。
平治の乱が勃発。
びっくりしたのは信西。
落ち延びた先で観念したか、自身を生き埋めにする。
のちに見つかり、首を切られてします。
清盛はこれを聞き、一時は四国へ回る消極論も出した。
しかし郎党著しく、「とって還すべし」。
六波羅へもどる。
信頼をうまくだまくらかして、天皇たちを六波羅へ脱出させる。
これで思う存分戦える。
平氏は勢いづいている。
源義朝の長男“悪源太”義平はの矢の威力はすごかったらしい。
初陣の三男・頼朝は当時十三歳だが、よく戦った。
しかし、平氏の兵力が勝っていた。
義朝以下、北へと落ちてゆく。
途中、再起を誓い合って散り散りに。
義朝は、頼った味方に裏切られ殺される。
義平は清盛暗殺を企んで、京へ戻る。
しかし、見つかり六条河原でさらし首となる。
頼朝もつかまるが、この人は運がよかったのか。
平宗清に捕まるのだが、亡くなった息子に似ていたらしい。
清盛にうまく理由をつけて、助命嘆願を願った。
これにより頼朝は、一命を取り止め伊豆へ配流となる。
そして、清盛は従三位に昇り、悲願の公卿に列せられる。
* * *
とかく平家、とくに平清盛のイメージはいいとは言えない。ここに出てくる清盛は、お上に翻弄される男。この時代の武士は、階級が下だし、宮仕えは今のサラリーマンのようだ。それと、作者が女性だから、女院の様子が細かく描写されている。その様子はドロドロしていて、はっきり言って読むのがつらい。これが続くと思うと少々萎える。反面ゴシップ記事を読むような感覚もあって、この平安の女院の様子は、江戸の大奥、現代の芸能界に通じるものもあるのかなぁ、なんて思ったりもした。

