2011年11月21日月曜日

楊家将(下)

四郎はとくに個性が強い。
ほかの兄弟たちと相容れない。
しかし、それは強い天与の才能でもあった。
長男・延平は、四郎を北平塞へ。

四郎は、北平塞で活躍が目覚ましい。
そんななか、遼軍との小競り合い。
そこで出逢った、少年のような将。
じつは女。
蕭太后の娘・ケイガキだった。
ふたりは戦場にあって魅かれ合う。

宋の遼への侵攻がはじまった。
圧倒的な軍勢の差だ。
しかし、宋の将軍たちの足並みが揃わない。
兵站も切られてしまう。
またもや耶律休哥によって宋軍は崩される。
そんななか、楊業は主力の将軍・蕃仁美を救うべく動く。
そして耶律休哥とぶつかり合う。
耶律休哥は楊業のおそろしさを身をもって味わうのだった。

その後も小競り合いはつづいた。
とうとう宋の帝は親征を決意。
しかし、そのカゲには遼の間諜の暗躍。

楊業はこの作戦が危険なものだと察知していた。
しかし、軍人としての本分をつらぬく。
またも窮地に陥る宋軍。
それを救うのは、やはり楊家軍。
楊家軍vs耶律休哥軍。
追いつめられるた。
と見せかけて、伏兵がいるはずだ。
しかし、あと一歩。
楊業は蕃仁美に裏切られる。

さて、四郎は北平塞の前哨戦で、頭を強く打ち、気絶。
なぜか耶律休哥は殺さず、連れ帰る。
楊家は、文字通り帝を死守。
生き残ったのは六郎と七郎。
*   *   *
読んでて、なんか「銀英伝」を思いだす。
楊業は武人としての本分をまっとうした。
それを、疑問に思ってもいた四郎。
六郎と七郎は類い稀なる騎兵隊を作り上げた。
最後、七郎は宋という国に憤りを抱く。
楊家の棟梁となった六郎は、どう戦っていくのか?
「血涙」につづく。

2011年11月1日火曜日

楊家将(上)

時は宋が中国統一を目前にしていた。
残るは北漢と遼だ。
楊業率いる楊家軍は北漢の軍。
目覚ましい活躍は、北漢の佞臣のせいで帝に疎まれている。

とうとう宋の総攻撃がはじまる。
宋帝・趙光義は楊業を臣従させたい。
というわけで戦をしないでにらみ合う。
ウラで北漢宮廷内に、楊家と宋が結んだように謀略。
楊業はその申し開きもかねて、帝に会いにいく。
しかし、もう帝自体の信頼は失墜していた。
ここまで尽くしてきた虚しさ。
それを感じつつ、とうとう楊業は北漢の旗を焼く。

北漢を滅ぼした宋は、勢いに乗って燕雲十六州へ。
遼は強く、楊家の活躍で辛くも、帝と八王を救われる。

遼の蕭太后は、男であれば英雄たりえた。
負けは、絶対に取り返さなければならない。
宋を撃退したとはいえ、領地は少し浸食された。
総大将の耶律奚低、
蕭太后に、北に追いやられている“白き狼”。
耶律休哥を、密かに呼び寄せるのだった。
*   *   *
両雄とも騎馬隊の調練を厳しく行い、とくに耶律休哥の軽騎兵は赤備え。
大坂の陣の真田の軍と印象がかぶる。
“赤備え”は少数精鋭の象徴のようだ。

楊家の兄弟たちは、それぞれ武に優れ、それぞれ強い個性を持っている。
とくに、四郎と六郎は成長が気になる。
楊家将と耶律休哥の壮絶な戦いが始まる。