2013年12月29日日曜日

黒田如水

官兵衛は小寺家の新参家老。
織田か毛利か。
官兵衛は俄然、織田派。
反対を説き伏せる。
恭順の意を伝えるため岐阜へ。
そこで秀吉と竹中半兵衛と出会う。
秀吉から信長に取りなしてもらう。
官兵衛は最初から秀吉に目を付けていた。

時間がかかった。
小寺領に戻ると毛利寄りに。
古参家老に領主・政職は言いなりだ。
なんとか思いとどまらせた。
織田へ自分の嫡男・松千代を人質に差し出す。
その子は半兵衛のもとに送られる。
自分は秀吉に従い中国を転戦。

荒木村重が謀反。
小寺政職も一緒に離反したという噂が。
どうやら本当らしい。
何食わぬ顔で小寺の城・御着へ。
官兵衛は政職を説き伏せるために帰る。

政職はあっさりと了承。
「荒木村重を自分の変わりに説き伏せてほしい」
官兵衛は政職の名代として摂津へ。
しかし、それは罠だった。
「官兵衛をそちらで処分してほしい」
村繁への親書には、そう書かれていたのだ。

幽閉される官兵衛。
信長は官兵衛の行動を怪しむ。
半兵衛に、松千代を斬首するよう命令する。
*   *   *
言わずと知れた、今年の大河ドラマの主役。
吉川英治版は、青空文庫で無料で読めるので、本当にうれしい限り。
吉川版では秀吉と出会い、播磨の領主となるまでが描かれている。
策士、策に溺れる。
ドラマでは“無敗”と謳われている。
確かにそのようだけれど、一年ぐらい幽閉されていたことは知らなんだ。
そこで脚も悪くしてしまったようだ。
この本を読む限りでは“軍師”とか“策士”という面影は薄い。

まあ、この小説を手引きに「軍師官兵衛」を楽しむことにしますか。

2013年12月9日月曜日

親鸞 激動編(上下)

越後に流された親鸞。
一年は謹慎したような生活。

その生活が明けた年のある日。
奇妙な行列に出会う。
“ゲドエンさん”と人々が群がる。
その頭は“外道院”という。
圧倒的な陰陽と法力。

外道院は親鸞を否定しながらも近く呼び寄せる。
親鸞も外道院のやり方を正しいとは思わない。
しかし、根底に通じるものを感じる。

守護代は卑劣だ。
チサという娘をさらう。
そして親鸞と外道院たちをおびき出す。
親鸞たちはチサを救い出す。
しかし、チサは物狂い。
不思議な力を宿す。

ある日、京の犬麻呂から手紙。
鹿野の娘が生きている。
恵信はいたたまれず、京へ迎えに。
この年は雨が降らない。
親鸞に雨乞いの依頼。
しかし念仏は奇跡を起こすものではない。
固辞する親鸞。
しかし、外道院がやれば、チサが生け贄。
親鸞はダメもとで引き受ける。
七日、飲まず食わずで念仏。
京から恵信も帰って来ている。
一心不乱。
奇跡の雨。
神懸かりのチサの仕業か?
一番当惑したのは親鸞だった。

雨は降り続き、守護代の戸倉が悪だくみ。
ため池の堰を切る。
外道院たちは助かった。
そのたくらみを知らせたのは戸倉の息子だった。
外道院たちは、それをシオにこの地を離れる。

瞬く間に親鸞の噂がひろまる。
たくさんの人が詰めかける。
しかし、念仏の考え方のギャップに苦しむ。

年月は流れ親鸞にも子ができる。
長男を京の犬麻呂夫婦に預ける。

そんなある日、河原坊こと河原崎浄寛から手紙が。
関東への誘い。
親鸞は行く決意をする。

途中、善光寺による。
善光寺の考え方に、親鸞は大きく共感したようだ。
しばらく滞在。

河原崎浄寛から催促。
旅を再会。
途中、病む村。
祈祷を試みるも途中でやめてしまう。

河原崎浄寛は宇都宮氏と昵懇。
その庇護のもと、親鸞は筑波山のふもとで、布教活動。
道場では、禅問答のようなやりとりが繰り広げられる。

宇都宮氏の受け入れが整う。
笠間へ。
この間に、“念仏”の仲間も増えた。

そんなある日、黒念仏が流行りだす。
その影には黒面法師なるものが。
それは、かつて京都で対決したあの男だった。
危ういところを、またも白河印地の党が推参。
ツブテの弥七たちに助けられる。

十悪五逆の悪人は救われるのか。
それは親鸞にとっても、大きな難問だった。
しかし、親鸞は“来世”で救われるのではないかと考える。

月日は流れる。
小野のことで、夫婦喧嘩。
恵信を叩いてしまう。
それを見た小野はしゃべれるようになる。
彼女は実の母親を捜しに京へ旅立つ。

飢饉が続き、恵信は実家に戻る決意をする。
親鸞は法然の教えが荒廃していることを知る。
そして、京へ起つ決意をするのだった。
*   *   *
親鸞は“念仏”というものを、どう解釈し広めようか苦心する。
これを読むまでの親鸞さんのイメージは、とても崇高で、生まれながらに徳の高いお坊さんだと思っていた。
しかし、このなかで描かれている親鸞さんは、とても人間くさく、恵信ともたまに夫婦喧嘩もする。
それと“念仏”とは何か。
自分も考えさせられたし、とても難しいなぁと思った。
法然さんから受け継いだ考えは、とてもシンプルだったような気がする。しかし矛盾も。親鸞さんは、さらに咀嚼して考えをまとめて行く。
念仏とは、願いを叶える“おまじない”ではない、ということ。それは自分にも分ったような気がする。

う~ん、考えさせられるなぁ。