2013年12月9日月曜日

親鸞 激動編(上下)

越後に流された親鸞。
一年は謹慎したような生活。

その生活が明けた年のある日。
奇妙な行列に出会う。
“ゲドエンさん”と人々が群がる。
その頭は“外道院”という。
圧倒的な陰陽と法力。

外道院は親鸞を否定しながらも近く呼び寄せる。
親鸞も外道院のやり方を正しいとは思わない。
しかし、根底に通じるものを感じる。

守護代は卑劣だ。
チサという娘をさらう。
そして親鸞と外道院たちをおびき出す。
親鸞たちはチサを救い出す。
しかし、チサは物狂い。
不思議な力を宿す。

ある日、京の犬麻呂から手紙。
鹿野の娘が生きている。
恵信はいたたまれず、京へ迎えに。
この年は雨が降らない。
親鸞に雨乞いの依頼。
しかし念仏は奇跡を起こすものではない。
固辞する親鸞。
しかし、外道院がやれば、チサが生け贄。
親鸞はダメもとで引き受ける。
七日、飲まず食わずで念仏。
京から恵信も帰って来ている。
一心不乱。
奇跡の雨。
神懸かりのチサの仕業か?
一番当惑したのは親鸞だった。

雨は降り続き、守護代の戸倉が悪だくみ。
ため池の堰を切る。
外道院たちは助かった。
そのたくらみを知らせたのは戸倉の息子だった。
外道院たちは、それをシオにこの地を離れる。

瞬く間に親鸞の噂がひろまる。
たくさんの人が詰めかける。
しかし、念仏の考え方のギャップに苦しむ。

年月は流れ親鸞にも子ができる。
長男を京の犬麻呂夫婦に預ける。

そんなある日、河原坊こと河原崎浄寛から手紙が。
関東への誘い。
親鸞は行く決意をする。

途中、善光寺による。
善光寺の考え方に、親鸞は大きく共感したようだ。
しばらく滞在。

河原崎浄寛から催促。
旅を再会。
途中、病む村。
祈祷を試みるも途中でやめてしまう。

河原崎浄寛は宇都宮氏と昵懇。
その庇護のもと、親鸞は筑波山のふもとで、布教活動。
道場では、禅問答のようなやりとりが繰り広げられる。

宇都宮氏の受け入れが整う。
笠間へ。
この間に、“念仏”の仲間も増えた。

そんなある日、黒念仏が流行りだす。
その影には黒面法師なるものが。
それは、かつて京都で対決したあの男だった。
危ういところを、またも白河印地の党が推参。
ツブテの弥七たちに助けられる。

十悪五逆の悪人は救われるのか。
それは親鸞にとっても、大きな難問だった。
しかし、親鸞は“来世”で救われるのではないかと考える。

月日は流れる。
小野のことで、夫婦喧嘩。
恵信を叩いてしまう。
それを見た小野はしゃべれるようになる。
彼女は実の母親を捜しに京へ旅立つ。

飢饉が続き、恵信は実家に戻る決意をする。
親鸞は法然の教えが荒廃していることを知る。
そして、京へ起つ決意をするのだった。
*   *   *
親鸞は“念仏”というものを、どう解釈し広めようか苦心する。
これを読むまでの親鸞さんのイメージは、とても崇高で、生まれながらに徳の高いお坊さんだと思っていた。
しかし、このなかで描かれている親鸞さんは、とても人間くさく、恵信ともたまに夫婦喧嘩もする。
それと“念仏”とは何か。
自分も考えさせられたし、とても難しいなぁと思った。
法然さんから受け継いだ考えは、とてもシンプルだったような気がする。しかし矛盾も。親鸞さんは、さらに咀嚼して考えをまとめて行く。
念仏とは、願いを叶える“おまじない”ではない、ということ。それは自分にも分ったような気がする。

う~ん、考えさせられるなぁ。