2011年3月31日木曜日

勝海舟(二)咸臨丸渡米

長崎に来て二年がたつ。
永井玄蕃頭が任期を終え、木村図書が後任に。
ペルスライケンたちが母国へ帰る。
変わりにやってきたのが、カッテンデーキ大尉。
日本人をちょっと見下しているようだ。
そこで真剣試合。
サムライスピリッツの凄さを見せる。
この試合で本当に死人が出てしまった。

新しい船がオランダからやってくる。
日本丸と命名。のちの咸臨丸だ。
長崎も三年目になり、遠洋航海演習へ。
当初琉球を目指していたが、薩摩からお呼びがかかる。
なんと島津斉彬自ら甲板に。
こうなることを驎太郎は予感していた。
島津斉彬は賢君だった。
日本の未来を考えている。
咸臨丸は二度ほど薩摩へ回航した。

井伊直弼が大老となる。
開国派がしめつけられはじめた。
長崎伝習所は廃止。
驎太郎は長崎から呼び戻される。
江戸で海軍操練所が開かれ、その頭取に。
勝家は田町から元氷川に引っ越す。

とうとう、遣米使節団の人選が始まった。
驎太郎は艦長に。
乗組員には福沢諭吉の姿も。
驎太郎は出帆前にカゼをこじらせる。
家人の心配をよそに、フェイントで咸臨丸に乗船。
二度と帰れないかもしれない。
それなのに、ちゃんとした別れを嫌った。

出帆は一月で雪がちらついていた。
往路はほとんど晴れない。
大時化が続き、誰もが死んだようだ。
そんな困難な往路。
やっとのことでサンフランシスコに到着。
そこで驎太郎たちを待っていたもの。
それは、めくるめくカルチャーショックだった。
さて、咸臨丸で渡米した偉業を成し遂げた驎太郎たち。
だが帰国しても、それが拍手で迎えられたわけでもなかった。

鬱勃としている驎太郎の前に現れたのは、あの坂本竜馬。
勝塾は、彼の登場でにわかに活気づく。
そして、神戸に海軍操練所の創設が決まるのだが…。
*   *   *
渡米後、いきなり坂本竜馬たちが登場。
昨年の大河ドラマに出てきた面々だ。
驎太郎は、そのなかでも岡田以蔵に目をかけていた。
もう一人、広井磐之助という仇持ちにも。
驎太郎の、死に向き合っている者たちへの慈愛が感じられる。

弁解。
ここ数ヶ月、いろんなことがあったので、ブログ更新がおろそかになってしまった。
東日本大震災に被災された方々には、何といってお見舞いしていいか分からない。
未曾有の大災害だけれど、この本の舞台である幕末以降、戦後、阪神大震災と、不死鳥のように復活してきた日本の底力がためされていると思う。

さて、横道にそれた。
ようするに、本は読み進めているけれど、これからちょっと感想を簡略化します。
すんません。