ブログ名が“真田屋敷の本棚”と言いながら、
「やっと読むんかい!」
と、つっこまれそうだが…。
最初の二編「信濃大名記」「碁盤の首」。
これは“真田太平記”にも出てくるエピソードなので割愛します。
* * *
「錯乱」
信幸が松代に移って晩年。
そこに起こったお家騒動の話。
信幸は隠居して、もう九十二になっていた。
現藩主で息子の信政が急死。
跡継ぎはまだ幼い。
それに信政の子であるのかも怪しいという。
幕府はことあるごとに、真田家を取り潰そうと画策していた。
それを後ろ盾に、沼田領の分家・信利が松代真田十万石を狙うのだが…。
*
とにかく、信幸兄ちゃんの方が一枚も二枚も上手だったという話。それにしても、何代も続く隠密の非情な宿命には驚嘆。
「真田騒動」
江戸の世に入って百五十年。
原五郎八郎と恩田木工は、千曲川の治水工事を進める。
その功績と殿様である藩主・信安の寵愛。
これにより、原は筆頭賀老という異例の出世。
しかしいつからか、原は殿様と一緒に遊興にふけるようになっていった。
藩治はボロボロになっていった。
原の暮らしは行き過ぎ、着るものも殿様と同じ。
このへんから、信安と原に溝ができはじめる。
木工は、以前の原を知っているだけに嘆く。
しかし、藩祖・信幸からの「民第一」の教えを胸に、原の失脚を考える。
そんななか、藩士たちがストライキ。
さらに木工によって、殿様の妾に手を出したことが発覚。
前代未聞の事態に原は失脚。
次に表れたのが田村半右衛門。
江戸藩邸にいる殿様に、田村はうまく取り入った。
か、その政策はあまりにも稚拙。
地元・松代で総スカンを喰らう。
さらにあろうことか、民百姓から搾り取り、私腹を肥やし始めた。
今度は、農民たちがだまっちゃいない。
藩に、身柄引き渡しを要求。
木工が、なんとかおさめた。
田村はほうほうの体で江戸へ逃げていった。
そして、信安が死ぬ。
跡を継いだのは、嫡男・豊松。
このとき十四。
幼年なので幕府から許しが出ない。
なんとか、幕府へ働きかけつづけ藩主となる。
二年がたっていた。
名を幸弘と改める。
利発で賢君だ。
その幸弘が名指しで、筆頭家老に指名したのが木工だった。
家老職のなかで一番の若輩だった。
木工は、身命を賭して善政を布く。
所信表明では、はじめて侍以外の、領民の代表を城に入れる。
数年後、真田十万石は息を吹きかえしたのだった。
*
木工の活躍は、ほとんど最後の章。松代藩だけでなく、いろいろな藩は、こういう状況だったのだろうけれど、藩士のストライキや、領民が悪人の身柄引き渡しを要求するなど、とても紳士的に行動していることに驚いた。
「この父、その子」
「真田騒動」のバックストーリー。
*
謹厳実直で倹約にいそしんだ信安の父・信弘。その嫡男と、落胤の子が対比されている。
* * *
この短編小説は、松代藩・真田十万石の列伝となっている。
藩祖・信幸の兵法であり座右の銘は「民第一」。
その教えは、脈々と受け継がれてゆく。
解説が昭和末期に寄せられているが、そのなかに“今の政治家にも読んでもらいたい…”と書いてある。
今や平成も二十年も過ぎた。
この嘆きは、あれからの年月嘆かれたままだと思った。
そして“男たれば一度は読んでもらいたい”と結ばれている。
まったく同感です。
