日本はもう、精根尽きている。物資や砲弾だけではない。
投入される兵士たちも、40過ぎの老兵。
一方、ロシア軍。
シベリア鉄道に乗って、ピカピカ装備の若い兵士たちがやってくる。
どこをどう考えても、ロシアが負けるはずがない。
それを覆してしまったのは、クロパトキンその人だった。
彼の、病的なまでに神経質な作戦変更が、文字通り日本を救う。
好古は、左翼・乃木軍の旋回しながら前進する、さらに最左翼に位置する。
三千ほど率いて、ロシアの右翼後方へ。
これにクロパトキンびっくり!
このまま攻めれば、勝利目前のロシア軍右翼。
それを、なんと退却させてしまう。
さらに神風か!? 猛風塵がふきあれる。
日本側は、これに乗じて大河である渾河を、難なく渡ってしまう。
しかし、ロシア側もこの風に乗じて退却してしまう。
ともかく、優勢ロシアは退却した。
連戦連勝で、日本国内は浮かれ気分。
実際は、クロパトキンが負けてくれている。
とりあえず日本は勝った? ということらしい。
この機会を逃してはならない。
児玉は、政府の尻を叩き、講和を進めるため東京へ。
仲介役をお願いしたかったのは、米国ルーズヴェルト大統領。
当時、彼は、日本のよき理解者だった。
そして、状況を超客観的に分析していた。
でも、駐米大使の高平小五郎が、
「日本艦隊は弱いらしい」
いらぬことを、吹聴してしまった。
これで、日本海海戦は避けられない状況に。
バルチック艦隊はベトナム沖で、ロシア第三艦隊を待っている。
皇帝(厳密には皇后)の、いらぬおせっかいでやってくる老朽艦隊だ。
「もう、そろそろ日本の哨戒区域に引っかかってもよさそうなのに」
真之はいらだっている。
十中八九、敵は対馬海峡を通るだろう。
でも残りの可能性が、時間につれて肥大化してゆく。
それは、太平洋廻りでウラジオストックへ行ってしまうというもの。
決戦前々日、混乱はピークに達していた。
バルチック艦隊を見た日本人。
それは、宮古島のヤンバル舟の船乗りだ。
これを知らせるだけのために、報告書を作成し、はじめて印鑑をつくった。
さらに、国家に報告しなければ!
石垣島にしかない電信機へ行くため、漁師へ頼む。
この当時、宮古島から石垣島へヤンバル舟で行くということが、どれだけ冒険的なことか!
五人の青年が、それをやってのける。
国家機密ということで、彼らは昭和に入るまで、妻にもこのことを黙っていたという。
国家というものが、庶民にとってどういう存在か、この一例でよく分かる。
しかし、彼らが報告する直前、バルチック艦隊を発見したのは、哨戒中の仮武装汽船“信濃丸”だった。
* * *
奉天会戦でのクロパトキン。勝てる戦だったのに。日本にとっては奇蹟としか言いようがないっス。腐ったロシア帝政に、助けられたとしか言いようがない。それは、海の戦いにも言えるのか!? 不動の東郷さんがシブい!