2010年2月1日月曜日

坂の上の雲(七)

 日本はもう、精根尽きている。
 物資や砲弾だけではない。
 投入される兵士たちも、40過ぎの老兵。
 一方、ロシア軍。
 シベリア鉄道に乗って、ピカピカ装備の若い兵士たちがやってくる。
 どこをどう考えても、ロシアが負けるはずがない。
 それを覆してしまったのは、クロパトキンその人だった。
 彼の、病的なまでに神経質な作戦変更が、文字通り日本を救う。

 好古は、左翼・乃木軍の旋回しながら前進する、さらに最左翼に位置する。
 三千ほど率いて、ロシアの右翼後方へ。
 これにクロパトキンびっくり!
 このまま攻めれば、勝利目前のロシア軍右翼。
 それを、なんと退却させてしまう。
 さらに神風か!? 猛風塵がふきあれる。
 日本側は、これに乗じて大河である渾河を、難なく渡ってしまう。
 しかし、ロシア側もこの風に乗じて退却してしまう。

 ともかく、優勢ロシアは退却した。
 連戦連勝で、日本国内は浮かれ気分。
 実際は、クロパトキンが負けてくれている。
 とりあえず日本は勝った? ということらしい。
 この機会を逃してはならない。
 児玉は、政府の尻を叩き、講和を進めるため東京へ。
 仲介役をお願いしたかったのは、米国ルーズヴェルト大統領。
 当時、彼は、日本のよき理解者だった。
 そして、状況を超客観的に分析していた。
 でも、駐米大使の高平小五郎が、
「日本艦隊は弱いらしい」
 いらぬことを、吹聴してしまった。
 これで、日本海海戦は避けられない状況に。

 バルチック艦隊はベトナム沖で、ロシア第三艦隊を待っている。
 皇帝(厳密には皇后)の、いらぬおせっかいでやってくる老朽艦隊だ。
「もう、そろそろ日本の哨戒区域に引っかかってもよさそうなのに」
 真之はいらだっている。
 十中八九、敵は対馬海峡を通るだろう。
 でも残りの可能性が、時間につれて肥大化してゆく。
 それは、太平洋廻りでウラジオストックへ行ってしまうというもの。
 決戦前々日、混乱はピークに達していた。

 バルチック艦隊を見た日本人。
 それは、宮古島のヤンバル舟の船乗りだ。
 これを知らせるだけのために、報告書を作成し、はじめて印鑑をつくった。
 さらに、国家に報告しなければ!
 石垣島にしかない電信機へ行くため、漁師へ頼む。
 この当時、宮古島から石垣島へヤンバル舟で行くということが、どれだけ冒険的なことか!
 五人の青年が、それをやってのける。
 国家機密ということで、彼らは昭和に入るまで、妻にもこのことを黙っていたという。
 国家というものが、庶民にとってどういう存在か、この一例でよく分かる。
 しかし、彼らが報告する直前、バルチック艦隊を発見したのは、哨戒中の仮武装汽船“信濃丸”だった。
*   *   *
 奉天会戦でのクロパトキン。勝てる戦だったのに。日本にとっては奇蹟としか言いようがないっス。腐ったロシア帝政に、助けられたとしか言いようがない。
 それは、海の戦いにも言えるのか!? 不動の東郷さんがシブい!