2009年5月15日金曜日

私本太平記(四)

 楠木正成は、大塔ノ宮と呼応しながら、千早・金剛山で篭城。地方の南朝方(後醍醐)を味方する諸将の挙兵を待っている形。
 そんななか後醍醐天皇本人や郎党たちは、思いのほかあっさり隠岐ノ島を脱出。伯耆国(現鳥取県)の大山に篭城。この脱出を手助けした裏方には、岩松党という海賊が深く関わっているのだけれど、なんとこの岩松党、もとをたどれば足利、新田氏と同族なのだ。要は同じ源氏なのだけれど…とても怪しい。
 それにしても、この本の登場人物で好感を持てるのは、唯一、楠木正成だ。
 皇国史観だのなんだのと、この南北朝時代はいろいろとややこしいらしく、北方謙三氏なども自著が煮え切らなかったと言っているほどで、どっちが正しいとか言えないのかもしれないのだけれど、オイラとしては、正成は侠気があって、かっこいい男だなと思った。NHK大河ドラマでは武田鉄矢が演じたらしいけれど、もっとカッコいいイメージだなぁ。
 そんなこんななか、高氏は仮病を使って、鎌倉で情勢をじっと見すましていたのだけれど、とうとう出陣命令が下り、足利勢は、あの“鑁阿寺ノ置文”を胸に秘め西上を開始。高氏の遠謀は家中をも知れずに、佐々木道誉を捉える。
 高氏はシタタカなのか馬鹿なのか、大器量のように描かれているけれど、藤夜叉の扱いがひどすぎる。さすがの藤夜叉もキレるのか…。