足利二万騎はまんまと近江をぬけ、宮方と合流し六波羅探題を落としてしまう。これによって千早の囲みが解け、金剛山でわすがに生き延びた楠木勢は故郷に凱旋する。
高氏と正成。性格や生い立ちの違いはともあれ、戦の指揮がとても似ているように描かれている。血気にはやる舎弟・郎党をなだめ、冷静沈着にことを進め、時には楽観視までする。後に雌雄を決するであろうふたりだが、正成に何が足りなくて、何が高氏に天佑をもたらすのか。
場所は変わって上野国では、足利に呼応して新田義貞が蜂起。雪だるまのように味方を集めながら、鎌倉へと攻め上がる。
足利・新田の造反で、北条九代の鎌倉幕府はもろくも崩れ去り、後醍醐天皇は満を持して凱旋する。そんななか、論功行賞が行われ、“高氏”は“尊氏”となる。再び天皇中心の新体制で政治が行われることになったが、結局、公家と武士は相容れないのか…。そして、“楮弊”という紙幣を、中国の見よう見まねで導入し、浅はかな政治体制が、早くも時代に不穏な影を落とし始める。