2009年12月23日水曜日

坂の上の雲(四)

 陸軍の戦況は、悲惨なものとなった。
 大連から旅順を目指すのに、六万人!? …の死者を出すことになる。
 あの、さだまさしの歌で有名な映画「二〇三高地」は、旅順の北西、すぐ近く。

 旅順のロシア陸軍と海軍に、いさかいがおきはじめた。
 港でぬくぬくしている海軍。
 それを必死で守っている陸軍。
 陸軍キレる。

 そんなおり、皇帝から「海軍は旅順を出て、ウラジオストックに行け」との勅命。
 ロシア旅順艦隊は意を決っする。
 それを追いかける東郷艦隊。
 黄海海戦。
 東郷艦隊は悲壮なまでの追跡で、これを逃せば、日本は敗れること必至なのだ。
 なぜかといえば、この艦隊とバルチック艦隊が合流すれば、到底日本に勝ち目はないからだ。
 文字通りの、追いつ追われつのデッドヒート。
 まるでカーチェイス。いやいやシップチェイスだ。
 東郷さんは、やはり運がいいらしい。
 数でも物量でも大きさでも、ロシア側のほうがまさっている。
 正面切って戦えば、負けたかもしれない。
 でも、旅順艦隊は、勅命に忠実だった。

 もうひとつ勝因をあげるとすれば、火薬の威力だった。
 下瀬火薬。爆発力と約3000℃の熱風。
 それまでの爆弾は、装甲を破ることに重点を置いていた。
 重艦が多いロシア側の装甲を破るのは至難の業だ。
 この爆弾は、沈没させることはできなくても、甲板上の殺傷能力が高かった。
 結局東郷艦隊は、旅順艦隊をほとんど沈没させられなかったが、この火薬によって、ほぼ全滅させることができたのだった。

 遼陽。太古から満州の要衝の地。
 ロシア側は、ここを得意の要塞化。
 日本陸軍は、すぐにでも攻めたい。
 でも弾がない。
 海軍は砲弾を余るほど積んだ。陸軍はそれを軽視した。
 兵士の勇猛さだけで、カバーできると思った。
 この思想は、日本陸軍がなくなるまで遺伝する。
 ロシアは待ってくれない。
 戦端は開かれた。
 騎兵隊は左翼で盾になれという命令。
 好古は、騎兵隊ってそんな使われ方じゃないじゃん、と思ってる。
 工・砲・馬の混成チームを結成。
 守りじゃなく、奥深く入りこんで攻める。
 大活躍!

 好古隊は、左翼を遊撃している。
 奥・野津の本隊は大苦戦。
 さて右翼。
 ここには黒木軍が入っている。
 北朝鮮から、いち早く入りこんでいった軍団だ。
 陸軍中最強!
 豪雨で荒れ狂う太子河を、夜半、隠密裡に渡河。
 その兵、なんと3万!
 よくも気づかれなかったものだ。
 ロシアは主力をそちらへ向け、壮絶な戦いとなった。
 結局、この黒木軍の猛攻で、敵将クロパトキンは奉天まで撤退を決意。

 外債が集まらない。
 せっかく遼陽会戦に勝ったのに、日本は宣伝が下手だった。
 ロシアに、言いように広報されてしまう。
 そのころ、高橋是清が欧米を奔走している。
 同情するなら金をくれ状態。
 そこを、アメリカのユダヤ系実業家が助けてくれたりした。
 ユダヤ人は、このころからもう、ロシア帝政下ではあるが迫害を受けていた。
 彼は、日本が優勢になれば、帝政が衰弱し、瓦解すると考えた。

 旅順はまだ落ちない。
 現況は、乃木将軍というより参謀の伊地知幸介だ。
 ろくな作戦も立てず、ワンパターンな攻撃。
 そのくせ、プライドが高いとくる。
 文字通り、日本兵の死体の山ができていく。
 様子を見に行った児玉源太郎は呆然としただろう。
 
 奉天まで下がった敵将クロパトキンは逆襲に出る。遼陽を奪い返そうと。
 日本側は、兵も弾もない。
 迎撃か堅守か。児玉源太郎は迷うことは珍しい。
 旅順のこともあり、彼は精彩を欠いている。 
 結局迎撃に出る。沙河会戦だ。
 当時の日本兵は勇猛だった。とくに黒木軍。
 凄惨な戦いのなか、奇蹟的勝利というよりは、ロシアの根負け。

 旅順はまだまだ落ちない。
 海軍は岡目八目。二〇三高地を落としてくれと懇願している。
 しかし、乃木も伊地知も、なぜかこれを無視し続けた。
 児玉は、一大決心を胸に秘め、再度旅順へ。
 そのころ乃木も、ようやく二〇三高地に目を向けようとしていた。
*   *   *
 遼陽攻めは、日本が少数ながらロシア軍を押している。とくに秋山支隊と黒木軍の、機転を効かした戦いが効を奏しているように思える。
 一方、旅順を攻める乃木将軍率いる第三軍の悲劇が語られていくのだけれど、目を覆いたくなるような悲劇と凄惨劇の連続だ。どうしてこうなってしまうのだろう?