しかし、息子の太郎丸が死ぬ。
失意のなか、さらに雪姫が労咳。
一方、長尾景虎の前にいた。
直江実綱は足利の旧友・景岳。
実綱を頼り景虎、後の謙信の軍配者となる。
川中島一回目。
景虎は義経のような攻撃。
見事少数で勝利。
それを皮切りに晴信の喉元まで迫る。
四郎左が足で確かめなければ死ぬところ。
北条高広が謀反。
しかし、景虎は手ぬるく許してしまう。
周りの豪族たちに、景虎に対する驕慢が生まれる。
謀反のカゲに武田の調略。
川中島二回目。
武田のやり方に怒る景虎。
義戦を試みる。
しかし、今回の越後勢は精細を欠く。
数もたったの三千。
理由は北条高広の仕置き方にあった。
晴信は機動力を活かし、木曽から七千で駆け戻る。
四郎左と挟撃作戦。
見事勝利。
しかし、晴信は雪姫のもとにいち早く帰りたい。
雪姫の命は風前の灯火だった。
ほぼ無条件で和睦が成立する。
晴信は長く喪に服す。
甲斐に戻ると、四郎左には吉報が待っていた。
子どもが産まれていた。
名をもう一度“太郎丸”とする。
越後では豪族たちの小競り合い。
嫌気が差した景虎。
「高野山へ行って出家する」
最初、重臣たちは本気にしなかった。
数カ月後、景虎は本当に高野山へ。
重臣たちは連判状を認める。
それが景虎を寸前で思いとどまらせる。
ここに越後の結束が固まった。
こうした間にも晴信は調略。
北信濃はおろか越後の大熊にまで。
これに激怒する景虎。
川中島三回目。
今回は、ほぼ睨み合いで終わる。
景虎は満を持して上洛。
天皇や将軍から、関東管領のお墨付き。
あとは神のみ。
越後に戻り鶴岡八幡宮へ。
しかし、鎌倉は云うに及ばず北条領。
厩橋城で景虎は檄を飛ばす。
関東管領の名の下に数万が集まる。
その勢いをかって鎌倉を陥とす。
悠々、鶴岡八幡宮で関東管領に就任。
名も“上杉政虎”に改名。
そして小田原攻め。
小太郎は籠城を勧め、氏康は苦渋の選択。
しかし、このことで小田原の堅城ぶりを世に知らしめた。
こうした間にも晴信は調略。
四郎左は海津城築城。
景虎は、晴信の姑息さに激怒。
また檄して一万二千ほどで妻女山で陣を張る。
晴信も対抗し二万ほどで茶臼山に陣を張る。
川中島合戦四回目。
世に云うの八幡原の激戦がはじまった…。
* * *
題名が「謙信の軍配者」だから、もちろん主人公は冬之助。…と思いきや、長尾景虎のキャラが強すぎてカゲが薄まった感が否めない。
終盤に景虎が「心に迷いが生じたときには、じっと目を瞑って心静かにすれば、必ずや、神仏が導いてくださるのだ」と言うが、「早雲の軍配者」で、早雲庵が小太郎に言った言葉も、まさにこれだった。
もし、早雲と景虎が戦ったら…と思わずにはいられないセリフだった。
青渓、鴎宿、養玉にとって、足利学校はまさしく“母校”だ。
存在は知っていたから、何度か栃木を行き来した際に、観光しようとして叶わずにいる。もし行けるチャンスがあれば、ぜひ寄ってみたいと思う。
