武田勝頼が、父の意志を継ぎ動き出す。長篠城では、城主・奥平貞昌が頑強に抵抗していた。
家康に再三援軍を頼まれていた信長。
なかなか動かない。
それには理由がある。
たくさんの鉄砲を揃えようとしていたからだ。
信長は革命児だ。
最新の兵法を編み出してゆく。
その最も有名な戦いが、長篠の合戦だった。
敵は、最強の騎馬軍団を持つ武田。
陣の手前に柵を何十にも巡らす。
そこに、策略にはまって入った騎馬武者隊。
鉄砲の一斉射撃。
武田は半分以上の重臣を失った。
ちなみに、真田昌幸の兄ふたりも犠牲になっている。
これによって、武田の憂いは去ったも同然だ。
が、一難さってまた一難。
今度は武田と雌雄を争った、上杉謙信が重い腰を上げる。
そんな謙信が、石山本願寺の再三の同盟呼びかけに呼応。
それに西の毛利輝元が加わり、またまた信長包囲網が確立される。
謙信は、自身を軍神と化していた。
強い相手と戦うことに、生き甲斐を感じているフシがある。
天下をとる野心はない。
冬になると、さっさと春日山へ戻ってしまう。
こんな厄介な敵には、戦術など通用しない。
そう踏んだ信長は、おまかせ戦術をとる。
主だった諸将に自由に行動させ、手取川を境に、やばいと思ったら退かせた。
自分自身は、そこにいると見せかけて、本願寺の方に行ってしまう。
謙信は、まさか自分を前にして、信長がいないとは思わない。
謙信は自尊心を傷つけられる。
それを知ったとき、冬を迎えても戦場を去ろうとはしなかった。
信長側は、押され気味の膠着状態に。
しかし、その無理が祟ったか。
謙信はあっさりと亡くなってしまう。
信玄、そして謙信までも。
敵将の死という形で、危機一髪を脱した信長。
これで天敵はいなくなったも同然。
目の上のコブは、毛利と武田の残党か。
このころから信長は、過剰とも思える家中の大掃除を始める。
譜代の家臣・佐久間信盛や林佐渡などを誅する。
さらに徳川家康の正室・築山殿が武田に内応。
その罪をかぶる形で、嫡子・信康が切腹させられる。
このことなどが、明智光秀の疑心暗鬼につながってゆくのだが…。
そんなある日、武田方の木曽義昌が内応してくる。
これを機に、武田を一気に討伐。
これにより、信長は家康に駿府などを割譲。
先の信康の件を水に流し、家康を歓待することに。
その接待役は光秀。
これまで光秀は、信長にことあるごとに叱られることが多くなっていた。
信長恐怖と疑心暗鬼の塊になっていきている。
それでも、家康歓待用の客殿「大宝殿」を建築。
その豪華さに、勤王第一とする信長を、家康が勘違いする。
と、信長にでかく叱られてしまう。
冷静に考えれば、知将・光秀が感ずかないはずがない。
しかし、もうその冷静な光秀はいなかった。
さらに接待役を外す外さないの、信長の命令に翻弄される。
じつは、秀吉が毛利を抑えきれずに、助けを求めてきたことが原因なのだが…。
それに憤った家来たちが、宴に使う食料を大宝殿の堀に捨ててしまう。
その量は大量だ。
腐臭が城下を覆う。
「しまった!」
この失態を申し開きできないと感じた光秀。
これが信長に叛旗をひるがえす、決定的なキッカケとなった。
人の心のすれ違いというのはどこまでも。
溝が深まれば深まるほど、疑心暗鬼になっていくものなのか。
信長は城で軍議をしていて、その失態について、ほとんど知らなかった。
かくして、本能寺の変がおこってしまう。
* * *
本能寺の変は、あまりにも有名だし諸説あるので、覚え書きは割愛させていただくとして、この巻では、後半ほとんど光秀と信長の心のすれ違いが、どれほどだったか書かれている。あと、ほんの一歩二歩で天下布武は完成したはずだが、信長の最後はあまりにも、唐突であっけなく幕が切れた。覇王信長の感慨は如何ばかりか、とても凡人のオイラには推し量れない。
人間五十年
下天の内をくらぶれば
夢幻のごとくなり
一度生を得て滅せぬ者のあるべきか
「敦盛」の舞に、信長の気持ちがこめられているのだろうか。
それにしても、本能寺の変には諸説あるようで、いろいろな方が小説やマンガで想像を巡らして描いている。そのなかで気になっているのは、加藤廣氏の“本能寺三部作”だろうか。そのうち読んでみたい。