孫武の子孫は、呉の孫家屯から斉に帰っていた。
長男の繽(ひん)は、読書家の家系からすると変わり者だ。
朝から晩まで、外で狩りや漁をして暮らしていた。
家宝の兵法書には、まったく興味がない。
そんなある日、一人の青年が訪ねてくる。
名を龐涓(ほうけん)と言う。
孫武の十三編以下、多くの書物を見せてもらいたいとやってきたのだ。
若いが立身を志し、兵法を学んでいるという。
繽はまるで興味はないが、客を放っておくわけにもいかない。
自分もいっしょになって読み、少しずつ興味を抱くようになる。
龐涓は熱心に読み、数日して故郷へ帰っていった。
それっきりと思っていたある日。
読んだ書の内容が、スラスラと口から出てくる。
こりゃイケるんじゃね!?
繽は本を片っ端から読み漁りはじめる。
晴狩雨読の毎日。
兵法がおもしろくなってきた。
龐涓とは、あれからも文通していた。
ある日、楚の呉起という人に師事しようということに。
ふたり、遠く楚へ旅立つ。
良きライバルとして切磋琢磨した。
しかし、突然、呉起が殺されてしまう。
混乱しながらも、ふたりは故郷へと帰る。
龐涓と途中で別れ、故郷に帰った繽。
栄達は考えていなかったので、悠々自適に暮らす。
奥さんも貰って、仲睦まじく暮していた。
龐涓とは相変わらず文通しあっていた。
龐涓の家は貧しく、彼は早く栄達したかった。
しかし、国ではなかなか評価してくれない。
一念発起して、魏に行って仕官しようと考える。
龐涓は、繽にお金を無心。
繽は快諾。
感謝しつつ、龐涓は魏に旅立った。
繽はそれからも、龐涓が仕官できるように、陰ながら援助した。
その甲斐あって龐涓は、魏の将軍になる。
それからの龐涓は、勉強しただけあって大活躍。
しかし、繽からすると危なっかしい。
あるとき、秦との戦いであやうく負けそうになった。
繽は機転を利かして、各国の力の均衡を利用することを思いつく。
匿名で、斉の将軍・田忌(でんき)に応援を要請したのだ。
これにより、龐涓は将軍の面目を保つ。
それから十数年が過ぎた。
繽は愛妻を亡くしてしまった。
子どももいなかった。
長い間、悲嘆にくれていたが、家を弟たちに託し、龐涓のところに遊びにいくことにする。
大歓迎を受ける。
宴会になり、そこに亡き妻の面影をもつ女奴隷・紅奴と出会う。
彼女に癒され、ここで暮らすことを考えはじめる繽。
仕官したいと、龐涓に相談する。
酔いの席がまずかった。
昔の恩を、それとなくほのめかし、便宜をはかってもらうよう頼む。
龐涓は、繽に劣等感を感じていた。
魏の王に推挙すると約束して数日後。
気晴らしにウサギ狩りをしようと誘う。
繽とすれば、好きな狩猟だ。
嫌なはずがない。
夢中で狩りを楽しむ間に、山奥へ入りこんでしまった。
なんとその山は王墓。
役人に捕われ、盗掘者として拷問される。
繽は龐涓にうまくだまされ、ワナにはまったのだ。
助かる見込みがない。
こうなったら化けて出てやると、心に誓う繽。
なんと一命はとりとめ、ひざきりの刑に。
膝から下を切られてしまった。
それでも助かっただけモウケモノだ。
このとき、名を孫繽から孫臏と改める。
ここから脱出し、復讐を誓うのだった。
脱出の策を考える繽に、紅奴が忍んでくる。
紅奴は、繽にもらった宝物を賄賂に、ここへ来れるように計らった。
外界との接触を図りたい繽。
しばらくすると、斉の国使が龐涓の邸に滞在しているという情報。
これを利用して、魏を脱出する繽と紅奴。
斉の将軍は田忌。
かつて、龐涓を助けるために利用した人だ。
繽はすべてを話し、信頼を得て、田忌の軍師となる。
数年後、復讐の機会がやってきた。
魏は韓を攻めた。
これを助けるため斉は出兵。
韓を直接助けず、魏の地方都市を攻め、モノにしてしまう。
慌てた龐涓。
だが、臏が恐れて、なかなか策に乗じない。
繽はそれをも看破して、裏の裏をかいて魏軍をたおす。
しかし、龐涓は逃がしてしまった。
さらに時は流れた。
臏は六十になっていた。
焦る彼に再度チャンスが巡ってくる。
それが、あの有名な“馬陵の戦い”だ。
復讐を果たした臏は、官を退き、故郷へ帰って余生を送ったという。
* * *
物語は上下ともに復讐劇だ。下巻・孫臏の巻はドラマチックだったと感じた。
孫臏はとても快活な若者だったし、それに嫉妬する龐涓の気持ちも分からないではない。
でも、だからといって、大恩のある親友を陥れるってのはひどすぎる。
大昔の中国の話だし、オイラの倫理観は通用しないけれど、根本の人としての倫理観は、今も昔も変わっていないと思う。
やっぱりひどいものはひどい。
しかし、孫臏も復讐はやり遂げたが、かつての親友を死へ追いやった。どんな想いだったのだろうか? 決していい気持ちではなかっただろう。
ちょっと悲しい話だ。
