まだに二十代のころ、無謀にも「寺田屋騒動」に挑戦。
途中で挫折するという、ニガイ思い出のある小説家だ。
それでもこの年になって、諸子百家にも興味が出てきた。
それに今、「論語」が静かなブーム。
それもあって、「高校生が感動した『論語』」なんてのも読んだりして…。
で、この本を古本屋でゲット。
* * *
上巻の時代は、太公望が活躍したあとの時代。で、秦の始皇帝が中国全土を統一するより前の時代。
いわゆる春秋戦国時代。
それも前期の春秋の時代。
ちなみに、孔子もほぼ同時代人。
この上巻の主役・孫武という人が、十三編の兵法書を著した。
この人は、斉から呉に引っ越して、村を興した。
ようは移民だ。
趣味で戦史を調べたり。
古戦場へ行って調べたり。
先の戦争の生き残りに話を聴いたり。
かなりの念の入れようだった。
そのころ、伍子胥(ごししょ)という人が、楚にいた。
権力争いで父を失い、紆余曲折、呉を頼ってきた。
いつか、楚に復讐してやると考えている。
その後、食客として呉の公子・光と仲良くなる。
伍子胥は、光を補佐する形で、放浪し有用な人材を訪ね歩く。
光は、呉の王様のおじさん。
順番からすれば、今の王より先に、王になれるのに、と考えている。
要はクーデターを考えていた。
そんなある日、孫武の噂を聞いて、伍子胥が村に訪ねてくる。
孫武は臆病で、厄介ごとに巻き込まれるのを恐れた。
しかし、孫武は熱心な研究家だ。
自分の研究の成果は試したい。
伍子胥に、今度行われる戦争のアドバイスをした。
それを教わった光が、その戦術で戦うと見事勝利。
光は孫武を高く評価する。
それから数年たち、光はクーデターを決行。
王を暗殺し、自ら即位し、名を闔廬(こうりょ)とする。
伍子胥は、孫武が御前に召されるのを嫌がることが分かっていた。
まず兵法書を編んでくれるように頼む。
この書を痛く気に入った闔廬。
伍子胥の紹介で、孫武は御前に招かれる。
闔廬は孫武を試す。
宮廷奥にいる女たちを、精兵として訓練しろという。
孫武は自分の研究をいぶかられた。
がまんがならず、引き受ける。
最初、女たちは遊び半分だ。
が、そのために、孫武が隊長にすえた王の寵姫ふたりを斬首してしまう。
軍律は絶対であることを示したのだ。
その後は、みんなまじめに孫武の言うことに従った。
宮廷の女たちは、精兵となった。
孫武は面目を保った。
しかし、そのために王の寵姫をふたりも殺してしまった。
嫌々ながらも将軍になるハメに。
それからの呉は、百戦錬磨。
孫武の作戦は、一つとして無策なものはなかった。
楚を壊滅にまで追い込んでいく。
中国の歴史には“春秋五覇”という春秋時代の覇者を表す言葉がある。
孫武の活躍で、闔廬はそれに入る王だという説もある。
それほど呉の国は勢力をのばした。
しかし、孫武は戦よりも、内政の権力争いのほうに嫌気がさしていた。
ころあいをみはからって、隠居してしまう。
そのあと、呉は越と戦い、あっけなく闔廬は死んでしまった。
あとを継いだのは、次男の夫差。
伍子胥は隠居した孫武を訪ね、策を授けてもらう。
そして最後に念をおして、
ひとつは、勝って戦うため準備・計画を万端に。
ひとつは、包囲殲滅ではなく、逃げ道を開けておく。
ひとつは、禍根を断つこと。
これによって越との戦いに勝った。
しかし、伍子胥と夫差王は仲が良くない。
伍子胥は誅されてしまう。
最後の“ひとつ”は聞き入れられず、越王をゆるしてしまった。
二十年後、呉は越に滅ぼされてしまった。
* * *
孫武の活躍はすごいものがあるが、最後のほうは、なんとも感傷に絶えない。伍子胥は、もうひとりの主人公と言ってもいいだろう。
楚を恨んで生き、呉を恨んで死んだ。
悲しい一生だ。
この時代は伍子胥のように、なんらかの理由で自国を追われると、他国に亡命して客卿に奉ぜられる、というようなことが多かったようだ。
孔子もそうだ。
このシステムが、血で血を洗う復讐の連鎖を生んだような気がする。
孫武は伍子胥に最後の策を授けたのは、その禍根を断つためだったのかもしれない。
